本研究の目的は、電離放射線を始めとする外的ストレスに対する防護機構、修復機構等を解析することにより、放射線に対して高い耐性を有する生物の生体防御機構を解明することである。そこで、遺伝学的、生化学的研究が進展している大腸菌にγ線を照射し、生き残った細胞集団を増殖させ、さらにγ線を照射するといった選択操作を繰り返すという、γ線を選択圧とした適応進化実験によりγ線耐性大腸菌を作出し、その大腸菌の性状を解析する研究を行ない、以下の成果を得た。 γ線に対する大腸菌の感受性を高い再現性をもって評価できる照射実験条件を検討し、その条件において大腸菌にγ線を照射し、生き残った細胞集団を増殖させ、さらにγ線を照射するという選択操作を20回繰り返す実験室内適応進化実験を行った。この適応進化実験の結果、野生型大腸菌と比較してγ線に対し7.7倍の耐性を有する大腸菌集団が得られた。また、この適応進化の過程において、大腸菌のγ線に対する耐性の漸次的な上昇が認められた。次に、野生型大腸菌、および適応進化実験によって得られたγ線耐性大腸菌の遺伝子の発現レベルを解析するために、各細胞集団よりRNAを抽出、精製し、rRNAの除去処理を行った後、RNA-Seq解析を行った。このRNA-Seq解析の結果、γ線耐性大腸菌では細胞膜等脂質構造の防護機構に機能していることが予想される遺伝子を含む164の遺伝子の発現レベルが野生型大腸菌と比較して有意に変化していることが明らかとなった。このことより、多数の遺伝子の変異、発現量の変化が、本適応進化実験において獲得された大腸菌の高いγ線耐性、高度な生体防護機構、および適応進化過程におけるγ線に対する耐性の漸次的な上昇に関与していることが示唆された。
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