研究課題/領域番号 |
15K01616
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研究機関 | 愛知教育大学 |
研究代表者 |
春日 規克 愛知教育大学, 教育学部, 教授 (60152659)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 筋衛星細胞 / 量子ドット |
研究実績の概要 |
骨格筋は適応性に優れた組織であり身体活動量の増大などにより,その代謝特性や収縮特性が顕著に変化する。一方,過度の筋収縮が繰り返される場合は,容易に筋細胞自体に傷害を発生させる。この傷害時には筋衛星細胞が再生に働き,この再生機構が筋の適応能を助長すると考えられる。筋衛星細胞の働きは再生のみならず,筋の発育や肥大等の適応変化に大きな影響を持つため,再生医療医学と同様にスポーツ科学基礎研究領域においても注目されている。筋再生の増殖・分化・融合以外の必須条件である筋衛星細胞の遊走性に関しては,培養系がその中心的研究手段となり,遺伝子,情報伝達物質など低分子タンパクに着目した機構解明が進んでいる。しかし,生命現象を探る研究は,分子・細胞・組織など各パーツや各系譜の寄せ集めとして捉えるだけではなく,動的情報により高次的存在として理解することも大切である。筋衛星細胞の動態を直に観察評価する本バイオイメージング研究は,高次的な生命体を常に意識してのみ可能な研究であるため,細胞や分子の挙動といった物理的情報を通して生命活動の本質に迫ることができる。本研究では,蛍光性ナノ粒子(Qdot)と細胞マーカーとなる一次抗体との複合体を作成し分子・細胞運動のイメージングを行なっている。Qdotはの蛍光強度は一般に蛍光2次抗体ローダミンの20倍以上あり,退光時間もきわめて長い特性を持つため,生体上の分子・細胞を同定できると同時に,短時間内の微小の動きを通常の顕微鏡下でも観察可能とする。実験には,生後6週齢のFischer344雌ラットを用い下肢筋(ヒラメ筋)の一部に挫滅損傷を与え,その後,タンパク制御因子の発現にて明らかとした再生過程の活性化→増殖→分化の各時期において,筋衛星細胞の挙動を生体上にて観察し,筋再生機構の動的役割を検討している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
生後6週齢のFischer344雌ラットを用い下肢筋(ヒラメ筋)の一部に挫滅損傷を与え,その後,1,2,3,5,7日目に,麻酔下のラットの被検筋を血流維持の状態で露出した。Qdot(波長655nm)- 一次抗体M-cadherin (M-cad))複合体により,生体上で1時間インキュベートを行うと共に,DAPI(1μl/ml;PBS)にて核の染色後に吸引麻酔を維持したラット下肢筋上の染色核の動きを蛍光共焦点顕微鏡下でタイムラプス観察した。筋上での筋衛星細胞が空間移動(遊走)する様相を観察することが可能であることは既に証明できており,今回は対物レンズの倍率は下げ観察することで.多数の遊走を起こす筋衛星細胞を観察し,損傷後の日経過にともなう筋衛星細胞の遊走速度・方向を同定・比較することが出来た。遊走速度は核ごと実験日ごとに大きなばらつきが見られた。また,遊走方向も一様でなかった。遊走核数は、損傷部より2mm遠位にて損傷1・2日後に活発に見られ,その後2mmの部位での遊走が沈静化するが、より遠位部位(4mm)で3日目に移動数の増加が見られた。遊走速度においても遊走核数と似た様相を示し,2mmの遠位部位では1日後に遊走速度のピークが見られ、一方,4mmの遠位部位では3日後で遊走速度が最高値を示した。遊走方向と損傷部位別の継時的動態を観ると、全ての実験日において損傷部方向へ遊走する核の割合は,観察された遊走核数の30~50%を占め、損傷部に近いほど損傷方向への遊走率に高い値が示めされた。このことから,筋衛星細胞の遊走を誘発する主な因子は、損傷部から産生される肝細胞増殖因子(HGF)が主要因子あることが知られているが,速度や方向性などの遊走能に対しては,再生過程の活性化→増殖→分化をコントロールするタンパク制御因子の関与が必要であると考えられ,研究当初の仮説の正当性が示された。
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今後の研究の推進方策 |
筋衛星細胞の挙動をin situ状態にて1~2時間のタイムラプス観察した筋は,その後摘出し,全筋のままで固定,筋制御因子であるMyoD,PCNA,ki67,p21,myogenin,Pax7抗体を用いた蛍光染色を試みる。生体観察にて遊走能を示した筋衛生細胞を同定した上で,さらに再生過程の活性化→増殖→分化時期の違いを検討する。また,これまで,筋衛星細胞の遊走が見られない正常筋に対して、HGFインキュベートすることで、多数の核が遊走を開始し,その遊走速度はHGF濃度に依存するを証明してきた.しかし,HGFインキュベーションによる生筋へのダメージが大きく,Qdots-M-cad抗体に対する染色性が落ち,遊走細胞種を筋衛星細胞と断定できていない。そこで実験方法について,Qdotsの希釈率,他の波長のQdotの使用,導入位置・導入時間,拡散の防止法などを改善し,Qdots-M-cad複合体による筋衛星細胞を直接同定した上でのHGFによる誘導を可能とする。さらに,HGFの濃度分布を生体上で作り,濃度勾配による遊走の移動方向のコントロールを試みる。HGF溶液によるインキュベーションにより十分に筋衛星細胞が遊走性を発揮した筋に対して,中枢端からPBS溶液,末梢端から100ng/ml程度のHGF溶液を0.2ml/minの速度で点下し,溶液は筋幅部で吸引することで筋表面上にHGF濃度勾配を作成する。中枢・末梢端からのPBSとHGFの点下側を切り替えた際に起こると予測される筋衛星細胞の移動方向の変換,移動速度の低下を観察する事で筋衛星細胞遊走性の人為的コントロールの可能性を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究では,F344系のラットを実験動物として多数使用しなくては成果が期待できない。消耗品費はその実験動物に加え,試薬類,実験器具など必要経費である。試薬類として,筋衛星細胞や他の遊走性を継時的に観察するマーカーとなる一次抗体やその蛍光強度を高める量子ドットなどは高価な試薬であり,消耗品費を多く計上している。また,2016年度はHGF(肝細胞増殖因子)濃度勾配を生体上で作製する試みを計画しているが,HGFも非常に高価な試薬である。使用には無駄の無いよう心掛けなくてはならないが,筋再生期の軸索終末,新生血管などのイメージングを可能とする抗体の選別には,多分に試行錯誤を要する事が予測される。さらに,使用機材の消毒や,ディスポーザルの使用なども研究の予算配分を考え,ほとんどが実験を行う上で必要とされる部分の予算を計画した。
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次年度使用額の使用計画 |
実験動物(BALB/C Scl-nu)および飼育費,試薬(組織染色・免疫蛍光染色用抗体など) ,実験装置を自作するためのマニュプレーター,その他ガラス,手術器具等などの物品費。また,学会発表に関わる旅費,論文投稿に関わる料金などを計画している。
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