昨年度までの研究によって、ラテン語散文における基本語順は「S(主語)O(目的語)V(動詞)」であるが、場面の転換を明示したい場合には、動詞が文頭に配置される傾向が高いことが分かった。また、前置詞句や斜格名詞句は、主節においては文頭に位置する傾向にあるが、従属節においては、節末にある動詞の直前に置かれる傾向が高い。また、会話文中では、動詞が目的語に先行する語順も比較的頻繁に現れており、これがロマンス諸語におけるSVOという基本語順の形成に影響を与えた可能性があるものと推察される。本年度は、ラテン語に加えて、さらに屈折度の高い古典ギリシア語散文における語順を対象とする分析も行った。古典ギリシア語の語順も、基本的にはラテン語と同様の傾向を示すが、以下の点でラテン語と異なっていることが観察される。①指示代名詞が文頭に置かれる文が現れる頻度が高い。②定動詞が不定詞を支配する場合には、不定詞が文末に位置し、定動詞は不定詞に先行するのが原則である。③ラテン語ではほとんど使用されない単音節の不変化詞が頻用される、様々の談話情報を表示する古典ギリシア語では、これらの不変化詞は、文頭から2番目の場所に配置されるのが一般的な原則である。ラテン語とギリシア語の対照に関しては、定動詞と不定詞の位置関係が、両言語で異なることの理由を解明することが重要な課題となる。また、古典ギリシア語においては、不変化詞が文頭に近い位置に置かれることによって、並列される文が表示する事態の間にある意味的な関係が明示されるのであるが、ラテン語においてはそれを表示する形態的手段はない。それではラテン語において不変化詞が担う談話的機能を持つのは、いかなる表現方法であるのかを明らかにすることも必要である。
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