学習指導要領の徳目を知識と受け入れ、知識によって人間を律するのではなく、自己の内面にある善さや「こうありたい」とする意志に自ら気づくことが「道徳」であると考える。こうした見方を行うためには、人間を見る見方を変えなければならない。分析的に部分的に人間を見るのではなく、全体的包括的に人間を見るのである。こうした「ホリスティック」な立場に立ち、学校の道徳教育の方法を見直すことをこの研究の目的とした。 アメリカのプラグマティズムの哲学者であるリチャード・ローティー(Richard Rorty)は、「進歩の物語」という道徳教育の方法を提唱している。アメリカの民主主義を創りあげた人物の物語を教材として使う方法である。例えば、奴隷解放のリンカーン、婦人参政権運動のアンソニー、労働運動のデブス、市民権運動のキング等の物語である。子どもはこの物語から民主主義を学んでいくのである。偉人の生きた軌跡を追うことを通して、偉人の感情と自己の内面の象徴を重ね合わせることができる。偉人の物語のどこに響いたのか。この問いを行うことによって、子どもの内面にある象徴を自分で自覚できるようになるのである。こうした自己の象徴を直観する教育方法は、人間の倫理観を形成していくことができるのと考える。 自己の内面にある倫理観は外から与えられ植え付けられるものか。それとも自己の内面にあるものが意識化され顕在化されていくことなのだろうか。この問いが道徳を考える上で重要な問いになる。シュタイナー、垣内松三、青木照明の理論と教育実践は、後者の立場に立つものであると言える。人間を根底から動かすものは、自己の内面にある意志である。この意志は人間の内側にある象徴である。この象徴と概念は一体化している。そうした意味でこの方法はホリスティックであると言える。人間を根底から動かすのは、自己の内側にある意志(象徴)である。
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