研究課題/領域番号 |
15K13733
|
研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
立石 健一郎 国立研究開発法人理化学研究所, 仁科加速器研究センター, 基礎科学特別研究員 (80709220)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 磁気共鳴 / 動的核偏極 / ペンタセン |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、核スピン偏極率を向上させることができる光励起三重項電子スピンを用いた動的核偏極法(トリプレットDNP)と化学分析に用いられるNMRシステムを融合させ、汎用的な高感度NMR分光法として確立させることである。これまで、トリプレットDNPでは偏極源として使用することができるのはペンタセンのみであった。しかし、この分子はほぼすべてのNMR溶媒に対して難溶で、研究対象物質を含む測定試料中へ混ぜ込むことができなかった。そこで、溶解性に優れ、偏極源としも有望な特性を持つ新規分子の探索を行った。 今年度は、市販されているものを中心に、有機半導体用に開発されたペンタセン誘導体を新規偏極源候補のターゲットとした。そして、エタノール・トルエン・クロロホルムなど様々なNMR溶媒に溶かすことのできる6,13-ジフェニルペンタセンを見出した。この分子を重エタノールと水の混合液に溶かし液体窒素で急冷させた試料に対して、偏極源としての性能評価とトリプレットDNPによる1Hスピン偏極実験を行った。その結果、0.67テスラ、100ケルビン下で、水分子中の1Hスピンの偏極率を8.6倍向上させることに成功した。 上記の実験のために、トリプレットDNP用の17.5GHzの空洞共振器を設計し、共振器上部に設置したNMR用コイルとの間を自動で行き来するシステムを構築した。これまで、手動で行っていた共振器とコイル間の移動を自動化することで、再現性の向上とパラメータースイープなどを自動測定で行えるようになった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
6,13-ジフェニルペンタセンを重エタノールと水の混合液に溶かし液体窒素で急冷させた試料に対して、偏極源としての性能評価とトリプレットDNPによる1Hスピン偏極実験を行った。 まず、可視分光を行い、既存のパルスレーザーを使用して6,13-ジフェニルペンタセンの励起三重項状態を偏極源としてトリプレットDNP実験に使用できることを確認した。次に、ESR測定を行い、偏極源としてペンタセンと同等の偏極率や励起状態の寿命を有していることが分かった。最後に、0.67テスラ、100ケルビン下でトリプレットDNPを行い、試料中の水分子の1Hスピンの偏極率を8.6倍向上させることに成功した。この結果は現在論文執筆中である。 6,13-ジフェニルペンタセンを重トルエンとベンゼンの混合液やベンゼンとポリスチレンの混合液に溶かして同様にESR測定を行ったところ、偏極率はどの溶媒でもほぼ同じであったが、励起状態の寿命は溶媒によって大きく変化した。また、6,13-ジフェニルペンタセン以外のいくつかのペンタセン誘導体に対しても、可視分光とESR測定を行い、官能基の影響を調べた。今後、新たな機能を持った偏極源としてペンタセン誘導体をデザインしていく上で、これらは重要な情報となると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
平成28年度は、以下の3点について研究を行う。 1)新規偏極源として見出した6,13-ジフェニルペンタセンは唯一水にだけはほとんど溶かすことができない。エタノールと水の混合液のように有機溶媒が含まれていれば、いくらかは溶かすことができるが、タンパク質の解析など水以外の有機溶媒の混入を嫌う試料は数多く存在する。そこで、既に水溶性ペンタセンは報告されている(C. Pramanikら, J. Mater. Chem. C, 2013)などを中心に、有機合成の専門家と連携して、水100%の溶媒に対してもトリプレットDNPを適用できるように偏極源の開発を進めていく。 2)レーザー照射によって試料温度が上昇し、1Hのスピン格子緩和時間へ影響を与えることが分かった。そこで、冷却装置を見直し、より効率的に高い偏極率を得るシステムを構築する。 3)多核の高偏極化に対応できるようにするために二重共鳴装置を構築する。交差分極法を実装することで、1Hの高偏極状態を他の核スピンを移し、13C、15NなどNMR分光を行う上で重要となる核種の高偏極化を実現する。
|