研究課題
エストロジェンは脳内において性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)および黄体形成ホルモン(LH)のサージ状分泌の制御に第一義的役割を果たす。本研究では、新規ゲノム編集技術とアデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターを活用する新たなアプローチにより、エストロジェン受容体(ER)の発現をコンディショナルにノックアウトする遺伝子改変ヤギを作出し、反芻家畜の排卵を制御する神経機構の局在を同定することを目的とする。ゲノム編集技術(TALEN法またはCRISPR/Cas9システム)を用いて、ヤギER遺伝子(ESR1)座にloxP配列を導入した遺伝子改変ヤギ(ESR1-floxedヤギ)を作出するため、ヤギESR1プロモーター領域およびESR1転写調節因子の探索を目的として、ヤギESR1のゲノム構造を明らかにすることを試みた。シバヤギ血液から採取したゲノムDNAサンプルを用いて、ゲノムウォーキング法によりヤギESR1上流域の解析を引き続き行っている。また、AAVベクターを用いた遺伝子改変技術に適用するため、ヤギ脳内局所にAAV-Creを投与する手法の開発を行った。脳定位固定装置と、X線撮影による脳室造影画像を用いて、ERが発現する視索前野、視床下部腹内側核、視床下部弓状核などをターゲットとして、微量投与用のガイドカニューレを留置する条件検討を行った。また、この技術を用いて、去勢オスヤギの両側の視索前野にエストロジェン結晶を微量留置したところ、サージ様のLH分泌が誘起された。このことから、エストロジェンが視索前野に作用してサージ様のLH分泌を誘起することが示唆されたとともに、視索前野への微量投与法を確立することができた。現在は、AAV-Creをヤギ脳組織に導入するために最適なAAV血清型についての検討を引き続き実施している。
3: やや遅れている
本年度の研究計画では、ヤギ胎仔繊維芽細胞を用いてTALEN法またはCRISPR/Cas9システムによる相同組み換えを利用し、ESR1遺伝子座にloxP配列を導入した細胞系の樹立を行ったのち、これらの細胞系を用いてESR1-floxedヤギを作出することを予定していた。現在のところ、ヤギESR1のゲノム構造情報を取得するのに時間を要していることから、ESR1遺伝子座にloxP配列を導入した細胞系の樹立には至っていない。しかし、当件研究室ではTALEN法を用いてヤギキスペプチン遺伝子(Kiss1)座にCre遺伝子を導入したヤギ胎仔繊維芽細胞株を作出できていることから、この知見を適用してESR1遺伝子座にloxP配列を導入した細胞系の樹立をめざす。さらに、AAV-Creを導入するために最適なAAVベクターの血清型の同定まで到達できなかったが、他の遺伝子導入に際して、ヤギ視床下部組織において遺伝子導入効率が良いことを確認している血清型(AAV-1、AAV-5、AAV-DJなど)の情報を活用し、最適なAAVベクターの血清型の同定をめざす。AAV-Creを脳内微量注入するためのヤギ脳内局所に投与する手法の開発については、ヤギの両側の視索前野にエストロジェン結晶を微量留置してエストロジェンの作用部位を同定できたことから、おおむね順調に推移したと考えている。
本研究では、ゲノム編集技術によりヤギESR1遺伝子座にloxP配列を導入した細胞系を樹立したのちに、体細胞クローン技術を利用してESR1遺伝子座にloxP配列を導入した遺伝子改変ヤギ(ESR1-floxedヤギ)を作出し、さらにCre/loxPシステムによりコンディショナルにESR1をノックアウトして卵胞嚢腫モデルヤギを確立することをめざしている。それぞれの技術をヤギに適用する手法は確立されつつあり、今後は卵胞嚢腫モデルヤギの確立に全力を挙げる。また、ヤギ脳内局所にAAV-Creを投与する手法の開発を通じて、視索前野、視床下部腹内側核、視床下部弓状核などをターゲットとして、微量投与用のガイドカニューレを留置することが可能になったため、ESR1-floxedヤギの作出に並行して、エストロジェン結晶をヤギ脳内局所に微量留置してLHサージの誘起の有無を検証することにより、反芻家畜の排卵を制御するLHサージ制御機構の局在を探索することを試みる。エストロジェンの脳内微量留置については、平成28年度より着手し、次年度にも継続して実施する。
平成28年度はヤギESR1のゲノム構造情報を取得するのに時間を要していること、また、AAV-Creを導入するために最適なAAVベクターの血清型の同定が完了せず、現在も実験進行中であることから、遺伝子関連実験用試薬や一般実験消耗品類の購入費が予想以上に少なくなった。そのため、次年度使用額として約39.6万円を計上することとなった。
平成29年度は、ヤギESR1上流域の解析によるヤギESR1プロモーター領域およびESR1転写調節因子の探索を完了することや、AAV-Creを導入するために最適なAAVベクターの血清型の同定を最優先に取り組み、ESR1-floxedヤギの作出と卵胞嚢腫モデルヤギの確立をめざす。平成29年度に請求予定の次年度使用額とあわせた学術研究助成基金助成金約130万円は、そのための遺伝子実験・細胞生物学実験用試薬類、プラスチック消耗品類などの実験用資材の調達に使用し、本研究計画を円滑に推進するために有効に活用する。
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Journal of Reproduction and Development
巻: 62 ページ: 471-477
10.1262/jrd.2016-075
http://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~laps/index-j.html