研究課題/領域番号 |
15K15269
|
研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
松本 欣三 富山大学, 和漢医薬学総合研究所, 教授 (10114654)
|
研究分担者 |
Suresh Awale 富山大学, 和漢医薬学総合研究所, 准教授 (00377243)
藤原 博典 富山大学, 和漢医薬学総合研究所, 助教 (10396442)
堀 悦郎 富山大学, 大学院医学薬学研究部(医学), 教授 (90313600)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | 社会的隔離ストレス / エピジェネティックス / 発達障害モデル / ADHD / 漢方薬 / 神経ステロイド / 行動異常 / 社会性行動 |
研究実績の概要 |
離乳期以降,数週間隔離飼育した(SI)マウスに表出する異常行動は,注意欠陥・多動性障害(ADHD)と類似にする。この類似性に着目し,本研究では異常行動のエピジェネティックな発症機序を解明し,早期ADHD予防治療戦略としての漢方薬の利用法を確立する。SI動物における多動,攻撃性亢進,注意力と社会性低下,恐怖条件付け記憶の障害などの異常行動を指標に研究を実施し,本年度は以下の成績を得た。 1.SIの前脳皮質ではGABA受容体機能の促進性制御に関わるアロプレグナノロン(Allo)の生合成酵素であるI型5αリダクターゼ遺伝子の発現量低下が認められた。この結果は先の我々の報告と一致した。また,今回,新たにその発現低下がプロモータ領域CpGアイランドのDNAメチル化に起因することが共同研究により判明した。また薬理学的に脳内Alloを低下させた動物では特に社会性行動が障害される可能性が見出された。 2.ADHD治療戦略としての漢方薬の有用性を検討するために,小児期により神経精神症状に適用される抑肝散,および風邪の初期に用いられる桂枝湯の治療効果を解析した。予め2週間隔離飼育したマウスに実験期間中薬物投与を行った結果,抑肝散はSIの注意様行動の障害と攻撃行動を有意に改善したが、社会性行動の障害には無効であった。恐怖条件付け試験ではSIで誘導される文脈および音条件付け記憶の障害に対しては改善傾向を示した。一方,桂枝湯は、検討した異常行動には無効であった。さらに、SIで有意に低下したCREBおよびCaMKΠの各リン酸化レベルは抑肝散によりGH群レベルまで回復する傾向が認められた。 以上から, SIによるADHD様症状の誘導にはAllo産生系のエピジェネティックな変化が関与しうることが明らかになった。抑肝散は、SI誘導される注意様行動の障害および攻撃行動に対して治療効果を有することが示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度は,ADHD様動物モデルとして用いた隔離飼育マウスにおいて誘導されるエピジェネティックな脳内遺伝子発現変化とADHD様症状に対する漢方薬の治療的効果の解析に主眼を置いた。 これまでに研究代表者らは,隔離飼育によってマウス前脳皮質における神経ステロイド・アロプレグナノロン(Allo)量が低下する結果,GABA受容体機能が低下して攻撃性亢進をはじめとする情動障害が発症する可能性を報告してきた。今回,Allo生合成酵素のI型5αリダクターゼ遺伝子の翻訳プロモータ領域におけるDNAメチル化が起こる証拠が得られ,環境因子によって起こるエピジェネティックな変化がADHD様症状に関わる可能性が示されたことは重要な進展と言える。またAllo生合成阻害薬を用いた予備的実験ではあるが,脳内Alloが動物の社会性行動の維持に重要である可能性も見出されたことは新しい発見である。これは社会性行動の障害が起こる機構の解明にもつながる可能性が高く,評価に値する。 一方,精神症状に適用される抑肝散がSI動物の注意様行動の障害と攻撃性亢進を抑制したことから,少なくとも一部のADHD様症状の治療に有用であると期待される,抑肝散の新たな応用性を示すことができたと言える。 代表者らは,SIで誘導される社会性行動,注意様行動,恐怖条件付け記憶の障害は異なる神経機構が関与することを報告している。特に恐怖条件付け記憶の障害の機序を解析するために,初年度に扁桃体及び中隔野アセチルコリン神経の機能変化を解析する予定であったが,そこまで実施するには至らなかった。 以上を踏まえて,現在までの達成度を「おおむね順調に進んでいる」と自己評価する。
|
今後の研究の推進方策 |
初年度の成績から,SIによってI型5αリダクターゼ遺伝子プロモータ領域のCpGアイランドのメチル化が増大することが明らかとなり,環境因子がエピジェネティックな機序でADHD様症状の発現にも関わり得ることが示された。また予備実験から5αリダクターゼ阻害剤による神経ステロイドAlloの低下によって社会性行動が障害されることが認められた。そこでAllo生合成系の障害によるGABA神経系機能の低下は,社会性行動の破綻の一因となるとの仮説をたて,これを検証する。併せて5αリダクターゼ活性を持続的に抑制した場合の行動変化とSIで誘導されるADHD症状との関連性についても検討する。 SI動物で誘導される注意力・社会性行動の障害,攻撃性亢進,運動量亢進,恐怖記憶能の低下に関わる神経機構が異なり,注意力・社会性行動にはドパミン神経系が,また恐怖記憶障害にはコリン神経系とEgr-1シグナリング系が重要であることは既に代表者らの研究から明らかになっている。そこで,各神経系の機能性蛋白の遺伝子発現においてもDNAメチル化やヒストンアセチル化等のエピジェネティックな変化の可能性を精査する。 また初年度の成績から,漢方薬抑肝散のADHD様症状に対する治療的効果は限定的であることが解ったので,次年度以降はSI開始初期から抑肝散投与を開始した場合,社会性行動,注意力,恐怖条件付け記憶の各障害がより有効に緩和されるかどうか,行動薬理学的に評価する。漢方薬に予防的効果が認められた場合は,各効果の発現に関わる神経系を薬理学的に解析すると共に,5αリダクターゼ遺伝子等のプロモータ領域のDNAメチル化に対する影響を検討する。これによりエピジェネティックなメカニズムで生じるADHD様症状を予防する戦略としての漢方薬の有用性と作用機序を精査する。
|