研究課題/領域番号 |
15K16710
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
安達 大輔 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 研究員 (70751121)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 身振り / メディア / 身体 / 言語 / 文学 / ロシア / 19世紀 / 表象 |
研究実績の概要 |
19世紀ロシアの文学作品における身振りを分析した研究初年度、ロマン主義以降の言語思想における身振りを扱った次年度に続いて、三年目となる今年度は、バレエ・ダンス・演劇や写真・映画、さらに礼儀作法書などさまざまな同時代のメディアにおける身振り表現を参照して、これまでに研究してきた19世紀ロシア文学・言語思想における言語の身振り性との比較を行うことを目的とした。 この中で特に演劇とオペラの分野で研究の進展があった。すでに前年度までにサンクト・ペテルブルグのロシア国立図書館でチャイコフスキーのオペラ『スペードの女王』に関する批評記事の収集を終えていたが、今年度はその本格的な分析を行った。1890年初演のこのオペラに対し、1935年のマールイ劇場における演出に際して、前衛的な演出家メイエルホリドがその「オペラ・ブッファ」「見世物小屋」的な性格を鋭く批判し、大幅な改変を加えたことが先行研究で明らかになっている。本研究はメイエルホリドの見解を出発点として、初演時の批評記事を詳細に分析し、当時もやはり上演において物語の進行と直接関係のない装飾的な要素(歌手の身振り・演出・舞台装飾)をめぐって、意見が鋭く対立していたことを確かめることができた。そこでは見世物に気を取られて、観客が音楽と物語に集中できないことが指摘されていた。「注意散漫」を新しい傾向として問題視する当時の言説は、このオペラの特徴として「断片性」を強調する先行研究とも一致する。 このように、今年度は身振りを含む視覚的要素が過剰なものとして観客の注意を分散させ、その注意散漫状態の中で芸術体験が進む、新たな身体のありかたを発見することができた。19世紀末におけるこの現象を、身振りの断片化という傾向を共有する19世紀前半のロマン主義文学と比較することで、19世紀ロシア文学の身振りの総合的研究の一層の進展が予想される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、19世紀ロシアの文学を言葉と身体の関係から再考することを目的として、言語がもつ身振り性という一貫したテーマに多様な角度から取り組む総合的な研究である。 研究初年度に発表したカラムジンに関する論文、初年度から今年度まで継続的に発表しているゴーゴリに関する報告・論文等によって、19世紀前半のロマン主義文学における身振りの考察についてはほぼ完成を見ている。一方で19世紀後半のリアリズムから象徴主義にかけての文学作品は二年目からの継続課題となっており、ドストエフスキー・トルストイ・チェーホフを中心に研究を継続中である。最終年度は成果を論文として公刊する。 一方で進展にやや遅れが見られるのが、ロマン主義以降の言語思想の研究である。この分野については、研究二年目に資料収集の面で十分な成果があったものの、今年度まで具体的な研究成果が発表されていない。この点を改善することが最終年度の課題である。 三年目にあたる今年度は、特に演劇・オペラの分野の研究で大きな進展があった。最終年度は成果を論文としてまとめる。 以上のような研究の進捗状況を整理すると、まず19世紀ロシア文学作品における身振りの考察は、特に前半のロマン主義文学を中心に非常に順調に進展している。一方で本研究は、分析にあたって言語思想や同時代のさまざまなメディアとの比較によって文学作品における身振り表現の特徴を明らかにする、総合的な研究である。この点では、言語思想の分野で具体的な進展が少ないことは課題として残っており、最終年度に集中的に取り組む必要がある。それに対し他のメディアとの比較という面では、今年度に大きな進展が見られた。 したがって総合的に見て本研究は現在までおおむね順調に進展していると判断される。
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今後の研究の推進方策 |
四年目は研究最終年度にあたり、大きく以下の二点に分けて研究を進めてゆく。 1. まず、以前の年度から持ち越している継続課題について研究成果を発表する。特に研究二年目の課題であったロマン主義以降の言語思想における身振りの役割については、分析作業をよりスムーズに進め、具体的な研究成果の発表につなげる必要がある。また19世紀後半のリアリズムから象徴主義にかけての文学作品の分析、そして同時代のメディアにおける身振り表現との比較の二点について、研究そのものは進展しているので、論文としてまとまった形にすることが必要である。 2. 以上のようにこれまでの研究において積み残された課題の解決に努めるとともに、本研究の成果を理論的にまとめる作業に取り組む。その際、言語の身振り性をめぐるロシア以外の議論と比較することで、より一般的な理論的枠組の中で19 世紀ロシア言語文化の特殊性と一般性を考察する。具体的な計画は次の通りである。 ①18 世紀ヨーロッパの言語起源論との比較。②ソシュールにおける記号の対象指示機能との比較(ガスパーロフの研究『純粋理性を超えて』を出発点に、F・シュレーゲルからフンボルトまでのロマン主義的言語論とソシュール言語学との関係について、言語の身振り性の観点から整理する。)③パースの「インデックス」概念との比較。④言語と身振りの関係についての現代の認知科学系の議論との比較。 以上の作業を行い、これまでの研究を包括的に見直し整理することで、最終年度は19世紀ロシア文学における言語と身振りの関係について総合的な考察を得る。
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