研究実績の概要 |
広帯域 THz波発生可能なDAST結晶は、1 THz付近に分子構造由来の振動による吸収が実用上の障害となっている。その起源を調査するため、水素結合とテラヘルツ波透過特性の相関を調査した。水素結合距離評価には結晶内の水素原子位置決定が必須と考え、中性子回折を用いたDAST結晶の定量的な水素結合距離評価を行った。軽水素の場合は非干渉性散乱断面積が干渉性散乱断面積より非常に大きく、高いバックグラウンドによる回折ピーク強度不足が懸念される。一方、重水素化物の場合、重水素の干渉性散乱断面積が非干渉性散乱断面積に比べ十分高いため位置特定に有用であることから、重水素化DASTを合成した。最大エントロピー法(MEM)を用いて、散乱長密度分布を評価した。MEMの結果より、C-C, C-S, S=O, C-N, C-Dに由来する各元素の正の散乱長密度分布がはっきり観測された。高散乱長密度のC-D共有結合距離(芳香環メチル基, π共役長のC-D距離)を計測すると、平均1.10 Åであり、理論的C-H距離と同等の値であったことから、本解析結果は水素(重水素)の結晶学的位置情報を正確に取得できていることを示している。 次に、カチオン-アニオン間に形成されている水素結合(C-D…O)を計測した。高密度分布における近接する水素結合と思われる距離3つを計測したところ、それぞれ2.23, 2.22, 2.84 Åであった。一般的な”弱い”水素結合の距離は2.15-2.65 Åと知られており、実際にカチオン-アニオン間で形成されている水素結合は2つであることが判明した。本研究で水素結合2つの振動モードが、1THzの吸収起源である高い可能性として示唆された。以上より、今後1 THz付近の振動抑制には、カチオン-アニオン間の水素結合を拡張した材料開発に期待が持たれる。
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