研究概要 |
昆虫はその小さな体に存在する僅かな水分を利用して,個体のホメオスタシス(恒常性維持),成長・変態,生殖まで完結している。水とpHの適正な維持管理は昆虫においても生存戦略の基本である。脊椎動物のように血管系を持たない昆虫では,原形質膜を介した細胞内外の輸送システムや,組織=組織間の相互作用がより直接的である。能動輸送機構によって創出された組織内外のpH,イオン組成や浸透圧の影響が,体内の各組織のはたらきへ直接作用し,個体としての耐乾燥能力にも反映されていると考えられる。本研究では,消化・排泄・呼吸・休眠など昆虫の生命活動のなかで,能動輸送機構による水分管理やイオン調節が,開放性血管系生物である昆虫の耐乾燥体制の支持基盤としてどのように貢献しているのか,鱗翅目昆虫だけでなく極度のストレス下に棲息する昆虫も用い,水輸送機構の遺伝子レベルからの人為的改変を目指して,遺伝子の解析を行った。 カイコ幼虫を用いた実験で,物質輸送が活発であると推定される消化管系でアクアポリンホモログを3種類クローン化することができた。これらの3つのアクアポリン(AQP1,AQP2,AQP3)は,組織特異的な分布を示すことが明らかになった。同じ水輸送にはたらくアクアポリンでありながら,それぞれの組織における特異的遺伝子発現やその個別の生理的役割との関連が示唆された。特に,AQP1はカイコの後腸で非常に強い遺伝子発現を検出し,後腸での重要性が示唆され,これまでに未開の研究領域へ踏み込むことになり,現在もさらなる検討を行っている。また,AQP2は,中腸やマルピーギ管(昆虫の腎臓)に分布することが明らかとなった。今後,個体全体での浸透圧調節・水分管理におけるアクアポリンの生理的役割の解明が急務であると考えている。
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