本研究の目的は、異なる種族の野生型メダカ(北日本集団および南日本集団)を用いて、魚類のなわばり行動を誘発する新たな生理的または生化学的因子を探索し、個体間競争を主とした動物行動に関する新たな基礎的知見を得ることである。これまでに作成した北日本集団(新潟産)および南日本集団(奈良産)のクローズドコロニー間において、雌雄共に奈良産の方が新潟産に比べて排他行動が顕著に多いことが示されていることから、本年度はこのような排他行動の違いを誘発する生理・生化学的因子を探索するために、鳥類や両生類で攻撃行動関連因子として報告されているアルギニンバソトシン(AVT)の発現に注目して解析した。 同齢、同サイズの新潟産および奈良産の成魚各1尾を3日間個別に馴化後、全脳を摘出し、定量的RT-PCR法により脳内AVTmRNAの発現量を調べた。また頭部を固定後パラフィン切片を作成し、AVTの局在性について免疫組織学的に調べた。さらに脳内含有タンパクの相違について2次元電気泳動により解析した。その結果、全脳内のAVTmRNA発現量については、雌雄共に両種族間で顕著な差は認められなかった。一方、免疫組織学的解析の結果、脳の視索前野におけるAVT含有細胞数が、雄において奈良産の方で新潟産に比べて約1.6倍多く認められた。雌に関しては現在解析中である。なお、2次元電気泳動で得られた泳動像パターンに両種族間で顕著な違いは認められなかったが、これに関しては引き続き詳細な解析を要する。 以上の結果は、魚類において脳視索前野におけるAVT発現が排他行動の誘発に関与している可能性を強く示唆するとともに、ニホンメダカ種族間における排他行動の違いに及ぼす視索前野AVTの関連性を示している。今後は、視索前野で認められたAVT含有細胞内における排他行動前後のAVT発現様相の変動や、AVT受容体の局在性について精査する予定である。
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