研究課題
本研究では、疾患関連プロテアーゼの認識ペプチド配列を非ペプチド化・低分子化した阻害剤設計を行う基本戦略を確立する。このため、2つの異なる方法論について検討する。戦略①は「環状化とプロテアーゼ相互作用部位の導入」に基づく方法で、戦略②は「Scaffoldヘテロ環への相互作用部位の導入」手法に基づく方法である。対象疾患とその標的酵素は、アルツハイマー病に関わるBACE1、新興感染症であるSARSおよびMERSに関わる3CL プロテアーゼである。これらの疾患に対する治療薬は現在でも未開発であり、治療薬シーズ化合物の創製は喫緊の課題となっている。BACE1阻害剤開発研究では、戦略①に基づき高い酵素阻害能と適度な疎水性を持った環状型阻害剤創製を目指し、阻害活性向上を目指したプライムサイトでの構造最適化を進めた。その結果、前年度までに得られていた阻害活性をさらに2倍以上向上させることができた。また、戦略②に基づく環状アミジン型低分子阻害剤の創製では、中程度の阻害活性ではあるものの、これまで全く報告がなかったピロリジン環構造にアミジン官能基を導入した低分子型阻害剤の創製に成功した。SARS(MERS)プロテアーゼ阻害剤開発研究では、戦略①に基づきデカヒドロイソキノリン骨格を持った新規低分子型環状阻害剤創製を目指し、ノンプライムサイトでの新たな置換基を導入できる合成経路を確立した。また、オクタヒドロイソクロメン骨格の立体選択的合成経路を確立するとともに、プロテアーゼとの相互作用の核となるアルデヒド官能基の導入に成功した。以上の結果から、これらの阻害剤はいずれも従来にない独創的な基本骨格を有するにもかかわらず、プロテアーゼの特異的基質との相互作用部位を合理的に導入できることを確認できた。
2: おおむね順調に進展している
前述した研究目的を達成するため以下の計画に従って本年度研究を実施し、おおむね順調に研究を進展させることができた。戦略①に基づく環状BACE1阻害剤開発では、メチレン鎖長の異なるオレフィン構造を持った各種環状誘導体を合成した。BACE1活性中心と相互作用する遷移状態mimicとして、これまでの研究で最も高い阻害能を示した無置換型HEA構造を導入した。あわせて、次年度以降に導入できるようにプライム部位での構造最適化を別途進めた。環状オレフィン構造の構築にはオレフィンメタセシス反応を用いることとし、反応条件の検討を行った。その結果、目的の環化が進行することを確認できた。戦略②に基づくヘテロ環型BACE1阻害剤の開発では、アミジノピロリジン型阻害剤の合成ルートを確立した。すなわち、市販のヒドロキシプロリンを足場として利用し、アミノ基とヒドロキシ基のそれぞれに疎水性基を導入した。得られた各種化合物について阻害活性を評価したところ、ビフェニル型のような比較的大きな疎水性基を有する化合物が、中程度ながらも確実な阻害活性を示すことを確認できた。戦略②に基づくSARS(MERS)プロテアーゼ阻害剤の開発では、疎水性相互作用中心構造としてデカヒドロイソキノリン構造を持つ縮環型化合物の合成を重点的に進めた。すでにデカヒドロイソキノリン骨格がプロテアーゼの疎水性ポケットにうまく入り込んでいることを複合体構造解析によって確認しているので、ノンプライム置換基の導入が可能な合成経路の開発を重点的に行った。その結果、デカヒドロイソキノリン縮環骨格にアミノ置換基を導入する経路を確立し、プライム部位相互作用基の導入に成功した。
以下の方策に従って今後の研究を推進する。戦略①に基づく環状BACE1阻害剤開発では、まず疎水性ポケットとの相互作用に最も適した環サイズを特定する。このため、メチレン鎖長の異なるオレフィン構造を持った各種環状化合物を合成する。環状オレフィン構造の構築にはオレフィンメタセシス反応を用いる。前年度までの研究により、この間化反応により機会生体の生成が確認されているため、今後はオレフィンを還元したメチレン型環状構造の構築を目指す。オレフィン還元反応を効率よく進めるためP3チオフェンを同様の阻害活性を示すことが確認されているノルバリンに変更し、各種環化前駆体のオレフィンメタセシス反応と続く還元反応条件を最適化する。あわせて、ハロゲン化フェニルアラニン誘導体とオレフィン側鎖アミノ酸誘導体を用い、Heck反応を利用した環化により芳香環との結合位置が異なる各種中員環誘導体を合成する。戦略②に基づくヘテロ環型BACE1阻害剤の開発では、前年度研究で見出した活性アミジノピロリジン型阻害剤の構造最適化を進めるとともに、アミジノピペリジン型阻害剤の立体選択的合成経路を確立する。得られた候補化合物のBACE1阻害活性評価により、環構造に導入された置換基の疎水性や嵩高さが阻害活性に及ぼす影響を評価するとともに、プロテアーゼとの複合体結晶構造の解析を進める。戦略②に基づくSARS/MERS 3CLプロテアーゼ阻害剤の開発では、疎水性相互作用に基づくデカヒドロイソキノリン構造を持つ縮環型化合物の構造最適化を進めるとともに、オクタヒドロイソクロメン縮環型阻害剤の合成ルートの確立ならびに活性評価を重点的に進める。デカヒドロイソキノリン型阻害剤では、ノンプライムサイト認識置換基の構造最適化に焦点を絞り、オクタヒドロイソクロメン型阻害剤では縮環構造部についての最適立体化学の特定を進める。
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