研究課題/領域番号 |
16H06390
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
酒井 寿郎 東北大学, 医学系研究科, 教授 (80323020)
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研究分担者 |
松村 欣宏 東京大学, 先端科学技術研究センター, 准教授 (20375257)
川村 猛 東京大学, アイソトープ総合センター, 准教授 (70306835)
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研究期間 (年度) |
2016-05-31 – 2021-03-31
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キーワード | メタボリックシンドローム / エビゲノム / 生活習慣病 / 脂肪細胞 |
研究実績の概要 |
多彩な環境に対してどのようにして細胞はこれを感知し、これを核内に細胞記憶としてエピゲノム変化を誘導するのか?この課題に我々は「環境や栄養状態へ適応のエピゲノム変化は、二段階の連続したステップから行われる」との仮説をたて本研究を進めている。第一段階 (1st step)は、環境の変化を感知して、翻訳後修飾をエピゲノム酵素に付加することで特異的な転写因子を含むタンパク質複合体を形成し、環境応答の特異性を決定するステップで、第二段階 (2nd step)は、標的遺伝子上におけるヒストンやDNAのメチル化変化など「エピゲノムの変化」を誘導するステップである。そして、ヒストン脱メチル化酵素JMJD1Aが寒冷環境を265番目のセリン残基のタンパク質キナーゼAによるリン酸化される (1st step)ことで、最終的にヒストン脱メチル化を誘導する(2nd step)。こうして白色脂肪組織由来の前駆脂肪細胞の熱産生遺伝子の脱メチル化誘導することでベージュ化脂肪細胞へと形質を変換させて、慢性的な寒冷環境に適応することを培養細胞レベルで示した(Nat Commun 2018)。本論文では個体レベルでこのリン酸化が起こらない遺伝子改変マウス(1st stepの変異マウス、S265A変異マウス) は急性の熱産生遺伝子の誘導と寒冷応答、2nd stepのベージュ化がノックアウトマウス同様起こりにくいことを示した。 一方、代謝と関連する寒冷刺激以外の上流の刺激としてJAKキナーゼによるリン酸化を抗体作製から特定した。これはレプチンシグナルがJMJD1Aを介してエピゲノムを変化させうることを新たに見出しつつある。またさらに、ヒストンメチル化酵素SETDB1のユビキチン化翻訳語修飾が酵素活性に必須であること、細胞内では同様の活性をもつ酵素がSETDB1と協調して働くことなどを見出してきている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1) S265リン酸化JMJD1A脱リン酸化酵素複合体の解明: PP1b触媒サブユニットと調節サブユニットMYPT1タンパク質とを特定した。MYPT1のノックダウンでJMJD1Aリン酸化が増強し、ベージュ化が促進した。しかし、JMJD1Aがリン酸化しないS265A変異体細胞でもMYPT1抑制によりベージュ化が進むことから、JMJD1A以外の標的タンパク質による経路が示唆され、リン酸化プロテオーム 解析を行い、数個の候補タンパク質を得た。 (2) 動物個体レベルではMYPT1のPDGFRα-Creリコンビナーゼによる組織特異的なノックアウトマウスを作製した。このマウスからの初代培養細胞でもベージュ化亢進が確認された。 (3) レプチンシグナルとJAK2によるチロシンリン酸化の解析を進め、JMJD1AがJAK2によってリン酸化されることをリン酸化抗体の作製から解明した。 (4) SETDB1のユビキチン修飾がin vitro酵素活性に必須であることを証明した。SETDB1はSETD5の発現抑制によって相乗的にC/EBPαを制御するメカニズムを特定した。 (5) 栄養・代謝物を介したエピゲノム変化のメカニズムを解明 (2nd step): 低グルコースやIDHを発現抑制した前駆脂肪細胞において分化に伴うヒストン H3K9 メチル化とアセチル化が減少し、酢酸添加により、抑制メチル化修飾が低下し、解糖系遺伝子の発現上昇を確認した。 (6) ベージュ化におけるヒストン脱メチル化酵素活性の役割:ヒストン脱メチル化活性を失活させたJMJD1A点変異マウスは寒冷環境適応における初期応答は問題なく、褐色脂肪細胞を介した機構で体温は維持された。一方、加齢に伴い肥満傾向がつよくなり、ベージュ化を含めたエピゲノム書き換え低下が示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
(1) 本研究において新規に同定したベージュ化制御因子MYPT1の動物レベルでの検証を行う。そのために本研究で樹立したPDGFRα-Creリコンビナーゼによる組織特異的ノックアウトマウスのベージュ化が亢進しているか、あるいは、いったんベージュ化した皮下脂肪組織が、個体を寒冷環境下から常温(30℃)に移したときに白色化するスピードが遅れるかを解析する。高脂肪食による誘導性肥満が改善するか代謝解析を行う。 (2) JMJD1Aのジャックキナーゼ(JAK2)によるチロシン残基のリン酸化の上流の刺激がレプチンであるか否かの解析をすすめる。本研究で樹立作成されたJMJD1Aのチロシンリン酸化抗体を用いて、JMJD1A上流にレプチン刺激があるか否か解析する。絶食と摂食、再摂食やレプチン抵抗性肥満マウスにおけるリン酸化、さらには免疫染色からJMJD1Aが発現し、リン酸化される神経を同定する。 (3) SETDB-1についてはユビキチン化がヒストンメチル化転移(HKMT)の酵素活性に必要であることを示す。また、細胞内での活性において同様の活性をもつ転移酵素がSETDB1と複合体を形成しリダンダントに働きうることを示す。SETD5については、細胞周期の同調したタンパク質レベルでの安定化によりSETD5の結合するエンハンサーが抑制的に働くか、活性化として働くのか、タンパク質複合体がかわるという新たな知見を示す。 (4) ヒストン脱メチル化酵素活性を点変異によって失活させたJMJD1Aノックインマウスを解析し、ベージュ化が遅延することを個体レベルで示し、JMJD1Aが上流のシグナルを感知するアミノ酸残基が環境への応答から適応への特異性を持つという本研究課題の仮説を最終的に証明する。
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