本研究は、20世紀におけるロシア音楽の「自己覚醒」に対し、マスメディアが果たした役割について、主に当時のロシア・ソ連の音楽雑誌において報告されたロシア内外の歌劇文化の実態内容と、ロシア音楽自体の本質に関する音楽美学上の言説という二つの切り口から検討するものである。 本年度はひとつめの切り口について、2月にモスクワで一次資料の調査、収集にあたり、特に20世紀初頭に『ロシア音楽新聞』が報じたロシア内外の歌劇場の活動内容を取り上げ、また私立マーモントフ歌劇場の詳細な上演歴の分析を行った。その結果、ロシアとポーランド、バルト三国の歌劇場間において顕著な上演傾向の違いが見られることや、ドイツの歌劇界の動向を強く意識したロシア音楽メディアが、私立マーモントフ歌劇場をはじめとするロシア国内の様々な私立歌劇場に対し、多大な影響を及ぼしていたことが重要点として明らかになった。 さらに、第20回国際音楽学会東京大会(2017年3月)では、ポスト雪解け期のグリゴリー・フリードのモノ・オペラ《アンネの日記》を取り上げ、第三次中東戦争以後のユダヤ人問題、ソ連のメディア界における「ドキュメンタリー芸術」の台頭、及びそれを背景とするモノ・オペラのジャンルとしての確立、さらにフリードのロシア青年音楽クラブと《アンネの日記》の関係性について、“Grigory Frid’s “The Diary of Anne Frank” between Germany and Russia”と題するペーパーで研究発表を行った。同研究発表内容については、得られたフィードバックや新たな視点をもとに改訂を進め、国内学会誌や英文雑誌、露文雑誌への投稿を目指している。 以上に述べてきたように、本年度は、本研究課題に関するいくつかのテーマについての考察を深めることができた。
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