当該年度は、本研究の核である、デ・キリコの形而上絵画理論がシュルレアリスムに与えた影響を検討する予定であった。特に以下の二点を明らかにした。 まず、形而上絵画とシュルレアリスムに共通する遠近法的空間が、ニーチェ思想の影響下にある、いわば反形而上学的空間であることを明らかにした。遠近法を形而上学とパラレルな構造を持つものとして捉えた場合、遠近法を意図的に異化させるデ・キリコやシュルレアリスムの空間はむしろ反形而上学的な世界観に拠るものとして捉えることができる。それはいわば形而上学的な外部が存在しない内在的な空間であり、ここからシュルレアリスムのリーダー、アンドレ・ブルトンが唱えた「内的モデル」や「特殊な内在論」としてのシュルレアリスムといった概念の意味を捉え直すことができる。 次に、デ・キリコの形而上絵画理論と、シュルレアリスムにおけるオートマティスムとの連続性について考察を行った。ブルトンはオートマティスムにおいて「主体から客体への移行」が生じるとしているが、このことはランボー的観点から捉えることができる。ランボーは「見者の手紙」において、デカルトの「私は考える」を「誰かが私を考える」に読み換え、主体としての「私」を客体の側に置いた。デ・キリコは1919年の「我ら形而上派……」において、やはりランボーに言及を行っている。様々な文脈から、デ・キリコによるこのランボーへの言及は、やはり主体の客体化と関係していることが推測される。というのも、デ・キリコの理論的根拠であったニーチェもまたデカルトのコギトを批判しているからである。このように、ランボーを介することで、デ・キリコの形而上絵画理論は、シュルレアリスムにおけるオートマティスムと接続される。
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