今年度は、①「純粋和製ロビンソン変形譚」、②「女性サバイバーの物語」、③「新メディアの変形譚」の3領域について、過去3年間に積み上げてきた成果のまとめと補完作業を行った。これまでの研究過程で、ロビンソン変形譚の研究が、児童文学研究全体にとって重要ないくつかの課題に繋がることがわかったため、これらを今回の研究目的にどこまで、どのように融合させるかという点を慎重に考えながら研究を進め、最終的にそれらの課題が浮き彫りになるような形で①と②に関する論文をまとめて研究報告書に収録することとした ①については、これまでの調査をふまえて、土佐の長平と中浜万次郎にかかわる作品群の全体像を示したうえで、前者を主人公にした変形譚を素材に、食に着目しながらジャンルの歴史と変化を詳細に考察し、子どもの本に描かれるアホウドリとクジラのもつ意味を明らかにした。これにより、子どもの本が隠蔽するイデオロギーと、読者の役割について考えるための手がかりが提示できた。②についても、ジャンルの歴史を明らかにしたうえで、転換点として、先住民女性を主人公にベジタリアンサバイバーを描いた変形譚を重点的に分析し、児童文学における「真正な声」と文化簒奪の問題、フィクションとノンフィクションの関係、子どもと本の媒介者たる大人の役割などを考えるうえでのヒントを提示した。この2論文は、ロビンソン変形譚の歴史を明らかにしつつ、従来の児童文学史の間隙を埋めるものにもなっている。③に関する研究成果についても、その一部を2本の論文に取りこんだ。 これらと並行して、司書、教員、保護者等、子どもの本にかかわる人々を中心として、広く社会に研究成果を還元するための取り組みとして、児童書制作会社が運営するウェブサイトに「ロビンソン変形譚の食べもの」をテーマにしたエッセイ原稿を提供した。今後も順次原稿がアップされていく予定である。
|