加藤達彦と山﨑義光は、前年度に引き続き、これまでの研究と調査の成果を共有しつつ適宜、連絡を取り合いながら個別に坂口安吾や同時代以降に活躍した作家たちの文芸作品を読み解き、対象作家の創作原理、およびテクスト生成に至る着想や思考様式に関する調査と研究を推進した。 特に当該年度においては、シカゴ大学のマイケル・ボーダッシュ教授の研究を踏まえ、「冷戦期」という視座のもと坂口安吾をはじめとする戦後文学や塚本邦雄らの短歌の潮流、さらには映画や漫画といったサブカルチャーの捉え直しを図った。 そうした問題意識のなか、加藤は今回の調査で明らかになった坂口安吾の旧蔵書に関する異同や紛失、書き込み等を『坂口安吾蔵書目録』(新津市文化振興財団、1998)の電子データに追記して情報の整理・更新を行い、全体的な特徴と今後の見通しについて研究会で報告した。また、その後も『坂口安吾蔵書目録』に『坂口安吾事典』(至文堂)所収の「引用事典」のデータを連結させる作業を継続し進めている。 一方、山﨑は坂口安吾より後の世代となるが、堀田善衛と日野啓三に共有された20世紀半ば冷戦期の「現代」認識について「台風の目」という隠喩を手がかりに追究、報告を行った。 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う制限は少なくなったものの、令和6年1月1日に発生した能登半島地震の影響により研究協力者が勤める「安吾風の館」が臨時休館となったこともあり、年明けに予定していた新津美術館での実地調査は当該年度も叶わなかった。 しかしながら、加藤は新潟で開催された市民の勉強会「安吾の会」や「坂口安吾生誕祭」に積極的に参加して情報収集に努め、特に坂口安吾の初期文芸と落語や講談といった伝統話芸との関係に注目してそれらに類する音源資料から話型と文体の影響を探り、安吾特有の「ファルス」という方法との関連性について考察を深めた。
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