研究課題/領域番号 |
16K02488
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研究機関 | 愛知教育大学 |
研究代表者 |
尾崎 俊介 愛知教育大学, 教育学部, 教授 (30242887)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 自己啓発本 |
研究実績の概要 |
本年度は、昨年度に引き続き、アメリカ及び日本の主要な自己啓発本を時代毎に通観し、ある時代の自己啓発本が後世の自己啓発本に与えた影響や、アメリカの自己啓発本が日本の自己啓発思想に与えた影響にも着目しながら、それぞれの国における自己啓発本の大まかな出版通史を構築する作業を行った。 より具体的に述べるならば、ベンジャミン・フランクリンの『自伝』に端を発し、デール・カーネギーの『人を動かす』やナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』を経由してスティーヴン・R・コヴィーの『7つの習慣』に至る「自助努力型自己啓発本」の系譜と、19世紀末のアメリカに流行した神学思想「ニューソート」に基づき、ウォレス・D・ワトルズやチャールズ・F・ハアネル、ジョーゼフ・マーフィーやロンダ・バーンなどを代表的な著者とする「引き寄せ系自己啓発本」の系譜の存在を指摘し、これら二系統の自己啓発本が時に反発し、時に近似的な言説を弄しながら、このアメリカ独自の文学ジャンルを構築してきたことを明らかにした。 また日本における自己啓発本出版史という点に関しては、ベンジャミン・フランクリンに強い影響を受けて『学問のすゝめ』をものした福沢諭吉や、サミュエル・スマイルズの著作『Self-Help』を翻訳し、『西国立志編』として日本に紹介した中村正直の業績をその原点と措定し、第二次大戦後に三木清が発表した『人生論ノート』や、高度経済成長期に日本人を鼓舞した松下幸之助の『道をひらく』、脳内分泌物と「やる気」の関係を明らかにした春山茂雄の『脳内革命』、あるいは自己啓発本にスピリチュアルな要素を導入した江原敬之の著作や水野敬也の『夢をかなえるゾウ』に至る一連の自己啓発本の通史を辿りながら、アメリカ発祥の自己啓発本という文学ジャンルが日本でも独自の発展を遂げ、日本の近代化や経済発展に寄与してきたことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記「研究実績の概要」で述べたように、本年度における本研究の到達目標は、アメリカと日本における自己啓発本の系譜を概ね明らかにする、というものであったわけであるが、その成果はオックスフォード大学出版局が編集と公開を進めているインターネット上の研究事典『Oxford Research Encyclopedias』に「American and Japanese Self-Help Literature」というタイトルの下、公開された(URL: http://literature.oxfordre.com/view/10.1093/acrefore/9780190201098.001.0001/acrefore-9780190201098-e-164)。 また本研究を進めていく過程で、19世紀末から21世紀の今日に至るまでアメリカで出版されてきた無数の自己啓発本の中に、19世紀半ばのアメリカの思想家ラルフ・ウォルドー・エマソン(Ralph Waldo Emerson, 1803-82)の言説・箴言が異様なまでに頻繁に引用されていること、しかも、その引用がしばしば改ざんされていたり、場合によってはそもそもエマソンが書いたものではない言説が、エマソンのものとして誤って引用されていることに気づいたため、なぜこのような事態が生じるのかということに興味を抱き、研究を進めた。その結果は「コピペされ、拡散されるエマソン」と題して中部英文学会支部大会(平成29年10月28日、於福井大学)にて発表し、さらにその原稿に加筆訂正を加えたものを論文の形で『外国語研究』(第51号)(愛知教育大学外国語外国文学研究会編)に発表・リポジトリ公開した。 以上、主要研究成果の公開や、関連する研究の結果を論文にまとめることができたことに鑑み、本年度の研究計画は「おおむね順調に進展している」と判断してよいと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
上述の通り、平成29年度の研究目標であった「日米両国における自己啓発本出版史の概略把握」については、『オックスフォード・リサーチ・エンサイクロペディア』に掲載・公開されたことにより、概ね達成したと考えているので、今後の研究の方向性としては、個々のモノグラフ(単一テーマについての研究)の作成にさらに力を入れる予定である。 具体的には二つのテーマを設定している。まず一つ目は、20世紀のアメリカを代表する著名な自己啓発ライター、デール・カーネギー(Dale Carnegie, 1888-1955)とナポレオン・ヒル(Napoleon Hill, 1883-1970)の生涯と業績を明らかにするというもの。この二人の経歴には、19世紀アメリカの実業界で活躍し、自ら自己啓発本もものした「鉄鋼王」ことアンドリュー・カーネギー(1835-1919)が大きな影響を与えたと言われているのだが、その事実関係を各種文献により確認しながら、『人を動かす』『思考は現実化する』という時代を画する2冊の自己啓発本がいかにして生まれたのか、その興味深い経緯を明らかにしていきたい。 二つ目のテーマは、自己啓発本(及び自己啓発思想)と女性史との関わりについてのものである。自己啓発本というのは、主として男性を想定読者として書かれているものが多いのだが、1960年代以降の第二波フェミニズム運動の進展以降、女性向けの自己啓発本というものも次第に増えて行った経緯がある。そこで、これまでの研究であまり注目されてこなかった「女性向け自己啓発本」の系譜に着目し、それがいつ頃から市場に現れ始め、どのような経緯をたどって発展していったのか、また男性向け自己啓発本と質的に異なるところがあるのかどうか、といった点について調査・考察できればと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、当初計画していた関連図書の購入と、アメリカの研究機関(主としてカリフォルニア大学ロスアンゼルス校)に出張しての資料探索に力を注ぎ、当面予定していた作業を完遂することが出来たが、不要な物品の購入や必要外の出張等を控えた結果、予定していた研究費の全額を使用することが出来なかった。残額については繰り越して、平成30年度において最終的かつ有意義に使用する予定である。
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