最終年度となった2022年度には二つの研究成果を公にすることができた。一つは、『中四国アメリカ文学研究』に掲載した「「この男、ブラウン」――マーク・トウェイン『ハワイ通信』における〈もう一人の自分〉の役割」である。『ハワイ通信』はトウェイン最初期のジャーナリスティックな作品だが、ここに登場する虚構の人物ブラウンは作者トウェインの分身的存在であると同時に、人種的には〈有色〉であるという間接的な示唆がなされている。本論考では、この人物が作品内で果たす役割を確認しつつ、後続するトウェイン作品の分身テーマとの共通性にも探りを入れた。 もう一つの成果が、2023年2月に出版された編著『19世紀アメリカ作家たちとエコノミー』に収録された「我が風狂の兄――トウェインが描いたオーリオン・クレメンズ」である。この論文は、奇矯な言動で知られたトウェインの兄オーリオンに焦点を合わせ、彼をモデルとした作品の系譜を辿る試みである。兄を描くトウェインの試みは1870年代から90年代にかけて散発的に行なわれたが、そうした習作を経て1899年の「インディアンタウン」、そしてその直後の長編『それはどっちだったか』に至る流れが明らかになった。『それはどっちだったか』は以前にも作品論を発表したが、今回は兄オーリオンと弟であるトウェインとの間の複雑な関係性を織り込んだ自伝的作品としての掘り下げを行なった。 本研究課題の目的は、最晩年の特異な未発表長編『それはどっちだったか』の来歴を主として自伝的な背景から探ることであった。最晩年の作品が唐突に起筆されたのではなく、トウェインが作家としての活躍を始めた頃から断続的に出会っても確実に抱いていた関心に発するものであり、相当な準備期間を経て書かれたものだということを、上記二篇の論考は明らかにした。その点で最終年度の研究成果は、本研究課題の締めくくりに相応しいものとなった。
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