研究課題
遺伝子のノックインやノックアウトをマウス受精卵やマウスES細胞で行う場合、CRISPR/Casを用いたゲノム編集は、今やなくてはならないツールである。しかし、我々は、特にマウスES細胞において、相同組み換えを誘発するためにCRISPR/Cas による2本鎖切断を行なった場合、目的とする相同組換え(HR)による変異導入に成功したアレルの対立アレルでは、PCRでは検出できず、サザンブロットでのみバンドのシフトとして検出される大きなリアレンジがかなりの頻度で生じていることを発見した。これはホモ変異導入に成功したと思っていても、実際には対立アレルは大きなリアレンジが起こっている状況であり、対象としている遺伝子以外にも何か変異を引き起こしている可能性がある。また、単純に、非相同末端結合(NHEJ)での微小な欠損や挿入による変異導入の場合でも、サザンブロットで複数バンドが出現するなど、リアレンジが検出された。我々は、このリアレンジは、マイクロホモロジーを利用した組換え(MMEJ)が原因と考えている。従来は、NHEJを抑制すれば相同組み換えが促進されるとされていたが、NHEJ抑制に加え、MMEJも抑制する必要があるのではないかと予想される。そこで、我々は、ES細胞において、相同組み換えによってbeta-gal遺伝子が正確に挿入された場合のみX-gal染色陽性となり、NHEJやMMEJが起こるとX-gal染色陰性となる系を開発した。この系を用い、正確に変異を導入出来る相同組換えを起こすシステムの確立を目指している。
2: おおむね順調に進展している
ES細胞においては、通常、エレクトロポレーションでCas9とsgRNAの発現ベクターpX330とターゲティングベクターを同時に導入する手法を取っている。pX330を用いる系で、いくつかのNHEJやMMEJ阻害剤を検討したが、pX330プラスミドが存在する限り継続してCas9が発現するため、2本差切断活性が非常に強力で、完全に抑制できるくらいの高濃度では細胞毒性が強く作用してしまい、程よい条件を見出すことは困難であった。そこで、2本鎖切断ではなく、片方の鎖のみを切断するCas9 D10A nickaseの利用を、我々の樹立した相同組み換え効率検出系を用いて検討した。その結果、2つのCas9 D10A nickase を組み合わせて用いる2本鎖切断においても、野生型Cas9に比べ効率は6分の1以下に低下してしまうことから、nickaseの活性はかなり低いことがわかった。また、1箇所だけnickを加えた場合には、ほとんど相同組み換えは起こらないが、2箇所以上同じストランドにnickを加えると、予想外に相同組み換えを誘発することがわかった。受精卵における相同組み換えの系では、マイクロインジェクションでは、検討に時間を要するため、多くの受精卵を一度に扱うことのできるエレクトロポレーションの系を開発した。従来のエレクトロポレーション法では、発生率が低いことが多かったため、エレクトロポレーションの装置とその条件、さらに、機械とポレーションに用いるチャンバーの組み合わせも検討し、最適の組み合わせを見出した。この条件では、体外受精後そのまま移植したのと変わらないくらいの効率で産仔を得ることができ、さらに、単なるNHEJによる変異作出においては、6割以上の効率でホモ変異を得ることができる。今後、この条件を用いて、受精卵での相同組み換えの系を検討する。
リアレンジを引き起こしにくいCas9 D10A nickaseを用い、通常では低い相同組み換え誘導活性を、様々な工夫で上げていくことが課題となる。2箇所以上同じストランドにnickを加えると、Cas9 D10A nickaseを組み合わせて用いる2本鎖切断の時よりも効率よく相同組み換えを誘発することがわかったが、では、何箇所が最も効率が良いのかはまだ決定できていない。また、複数箇所のnickを加えるためには導入するプラスミドの数を増やすことになるので、エレクトロポレーションの条件も数多くのプラスミドを同時に導入できるような条件が必要になる。さらに、加える薬剤も、NHEJ、やMMEJを抑制する薬剤というよりも、nickでは起きにくい相同組み換えをいかに効率よく促進できるかという視点で薬剤を選択する必要がある。さらに、受精卵の系では、今まで効率が良くないという理由のため、Cas9 D10A nickaseはほとんど使われてこなかった。しかし、今回我々が樹立したシステムでは、非常に変異導入効率が良いため、Cas9 D10A nickaseタンパクを用いて変異を導入できる可能性があり、成功すれば、効率的な制約からファウンダー解析には向かないが、より安全・確実に変異マウス系統を樹立できるシステムになる。特に、コンディショナルアレルのように、比較的近接した2箇所に相同組み換えを導入する場合などにNHEJの起こりにくいnickaseの利用は有効であると期待される。
ES細胞培養での各種条件検討に比較的時間をかけており、細胞培養を主に行っていたためと、マウス受精卵を用いたエレクトロポレーションにおいても、解析に費用のかからない、胚の観察のみで結果が明らかとなる系を用いていたため。費用のかかるマウス系統樹立までを実際に行い、効率を検討する実験は次年度に行う。その際には、実際よく行われる遺伝子改変(例えば、コンディショナルアレル作製やTagの挿入、レポーター遺伝子の挿入、Cre遺伝子のノックインなど)を行い、作製された変異アレルの十分な検証、germline transmission効率の検討などを行う。
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