研究課題
RNAシークェンス(RNA-seq)解析と特異的な抗体を用いたクロマチン免疫沈降法を駆使して、ショウジョウバエヒストンメチル化酵素dG9a依存的に飢餓ストレスに応答して発現が変化する遺伝子群を網羅的に同定する。またdG9aがそれらの遺伝子を制御する仕組みを明らかにする。さらに同様の条件下でメタボローム解析を実施することにより、これらの遺伝子発現にリンクして変動する代謝経路を明らかにする。このように生物個体の生死に関わる飢餓ストレスに応答して作動する新しいエピジェネティック制御の仕組みを明らかにすることを本研究の目的とした。これまでに飢餓条件下に置いたショウジョウバエ野生型系統とdG9a欠失変異系統を用いたRNA-seq解析とメタボローム解析を完了し、オートファジーに関連する代謝経路と、それらの経路で重要な働きをする遺伝子の発現がdG9a遺伝子の欠失により異常となっていることを発見した。またdG9a欠失変異系統の脂肪体ではオートファジー活性が著しく低下していることを明らかにした。dG9a欠失変異系統ではオートファジーによるエネルギーリサイクル活性の低下により、エネルギーが飢餓後早期に枯渇し、生存率が低下するものと考えられる。またdG9a欠失変異系統では、飢餓後活動量が以上に増加し、エネルギー低下に拍車がかかることも見出した。これはdG9aのようなエピジェネティック制御因子が生物行動も制御する例として注目される。これらの発見は、生物個体の生死に関わる飢餓ストレスに応答して作動する新しいエピジェネティック制御の仕組みとして大きな学問的意義があり、2報の学術論文に取りまとめて発表した。またdG9aで得られた結果を他のエピジェネティック制御因子にまで一般化するために、Rpd3、Tip60やJumonji/Jarid2に関しても同様の解析を進めつつある。
1: 当初の計画以上に進展している
dG9a欠失変異系統と野生型成虫を飢餓条件下に置いた後、RNA-seq解析を行い、野生型ショウジョウバエ成虫で発現するmRNA群とdG9a変異系統成虫で発現しているmRNA群を比較した。また並行して、同様の条件でGC-MSとLC-MSを用いたメタボローム解析を実施した。その結果、オートファジーに関連する代謝経路やそれらの経路で重要な働きをする遺伝子の発現がdG9a遺伝子の欠失により異常となっていることを見出した。さらに詳細な解析を実施してdG9が飢餓ストレスに応答したオートファジーの誘導に必須であることを明らかにした。またRNA-seqデータの詳細な分析により、オートファジー関連遺伝子だけでなく、味覚・嗅覚受容体遺伝子の発現が、dG9依存的に飢餓ストレスに応答して変化することがわかった。そこで、候補として得られた味覚・嗅覚受容体遺伝子の発現をより詳細にモニタリングした結果グルコース受容体遺伝子の発現が上昇し、それに伴ってグルコース感受性が上昇していることを「吻伸展反射モニタリング」により明らかにした。さらに概日リズムを調査したところ、dG9欠失変異系統は飢餓条件下で著しい活動量の上昇を示すことがわかった。これにより、dG9a欠失変異系統では、オートファジーによるエネルギーリサイクル活性の低下に加えて、活動量上昇により、エネルギー枯渇に拍車がかかることがわかった。またこれはエピジェネティック制御因子が生物行動制御にも関与する例としても興味深い。これらの発見は、生物個体の生死に関わる飢餓ストレスに応答して作動する新しいエピジェネティック制御の仕組みとして大きな学問的意義があり、2報の学術論文に取りまとめて発表した。このように当初はRNA-seq解析のみを計画していたが、メタボローム解析や行動制御解析も完了でき、予想を上回る進展が見られた。
これまでにヒストンメチル化酵素dG9a欠失変異系統で得られた結果を他のエピジェネティック制御因子にまで一般化するために、ヒストン脱アセチル化酵素Rpd3、ヒストンアセチル化酵素Tip60やヒストン脱メチル化酵素ドメインを持つエピジェネティック制御因子Jumonji/Jarid2に関しても同様の解析を進めることを計画している。また最近、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や、シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)などの末梢神経難病の原因遺伝子とエピジェネティック制御遺伝子との関連が示唆され始めており、ショウジョウバエモデルを用いて両遺伝子間の遺伝学的相互作用についても検討を加えることを計画している。そのためにALSやCMTの新しいショウジョウバエモデルの開発も進めつつある。
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