研究課題/領域番号 |
16K08727
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研究機関 | 静岡県立静岡がんセンター(研究所) |
研究代表者 |
杉野 隆 静岡県立静岡がんセンター(研究所), その他部局等, 研究員 (90171165)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | EMU1 / がん転移 / matricellular protein |
研究実績の概要 |
我々はマウス乳癌モデルを用いた遺伝子のスクリ-ニングにより癌転移促進分子候補の1つとしてEMU1を同定した。EMU1は分子の機能や発現についてほとんど未知の分子である。本研究の目的は1) EMU1の分子機能、2) 癌転移における役割、3) EMU1の臨床的意義について明らかにすることである。これまでの研究により明らかとなったことは 1) EMU1の機能:遺伝子導入法によりEMU1を強制発現したマウス乳癌細胞が分泌するEMU1タンパクは培養皿上に沈着し、細胞の接着を抑制した。また、EMU1をノックダウンしたマウス乳癌細胞は細胞増殖が有意に低下した。このように、EMU1は細胞-基質間の接着を阻害する一方、細胞増殖を促進する機能を持つことから、matricellular proteinとして位置づけられる。 2) 癌転移における役割:転移能のアッセイにはin vivoで長期(6~8週間)にEMU1を安定して発現または抑制する細胞の作製が必要である。このため、我々はneomycin耐性遺伝子を搭載したvectorを用い、低転移細胞の高発現系および高転移細胞の発現抑制系細胞を作製し、各数クローンの分離に成功した。 3) EMU1の臨床的意義:EMU1抗体を用いた免疫染色により正常、癌組織での発現を観察した。正常組織ではEMU1タンパクは胃底腺壁細胞、膵ランゲルハンス島β細胞に高度、腎尿細管に軽度の発現を示したが、他の組織には全く発現を認めなかった。少数症例での解析であるが、癌組織では乳癌 50%、腎癌 38%、肝癌 22%、大腸癌 20%が高発現を示した。また、静岡がんセンターで行っているproject HOPEのmicroarrayデータ解析では子宮体癌、肺癌などに発現亢進症例が散見された。 以上の内容は第105回日本病理学会(2016)で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成28年度の計画では以下3項目を目標として研究計画を立てている。各項目の進行状況は以下の通り。 1. 癌転移との関連:EMU1の転移促進作用の検証のために、複数の細胞株を用いてEMU1を安定に発現亢進または抑制する細胞を作製し、マウスに移植して転移能の変化を観察することを目標とした。低転移細胞66LMへの強制発現系、高転移細胞66Lu10, 66HMの抑制系を樹立した。安定して低発現を維持するクローンの選択に時間がかかり、細胞のマウスへの移植や悪性形質との関わりの解析には至っていない。 2. 分子機能解析:EMU1が細胞外基質(ECM)に沈着し反接着作用を表すメカニズム解明のために、本年度はEMU1と他のECM成分との相互作用を解析することを目標とした。EMU1タンパクが沈着するプレート上に種々のECM成分を容れて接着実験を行い、lamininが特異的にEMU1と結合することが明らかとなった。他の分子との相互作用を網羅的に解析する実験には至っていない。 3. ヒト癌への応用:ヒト由来の癌細胞株を用いた実験系を作るために公開データベース (CCLE)を用いた探索を行った。EMU1を高発現する細胞株には血液系悪性腫瘍細胞株が多数含まれ、実験計画の修正を行っている。また、静岡がんセンターで進行中の癌ゲノム解析プロジェクト (project HOPE)のmRNA microarrayデータとの照合を行った。EMU1高発現の頻度は高くないが、子宮体癌や肺癌に高発現症例がみられた。このデータをもとに病理組織標本をEMU1抗体で免疫染色し、発現分布や分子局在、予後との関わりを調べるための倫理申請を現在、行っている。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度の研究成果をもとに以下の研究を推進する。 1. がん転移との関連: 作製した66LMへのEMU1強制発現細胞、66Lu10, 66HMのEMU1発現抑制細胞を同系マウスに移植し、肺転移能への影響を観察する。移植した腫瘍の増殖性や腫瘍の組織構築、間質や腫瘍血管などを組織学的に検討する。また、これら細胞の増殖、浸潤、アポトーシス抵抗性、接着など癌の悪性形質に関わる性質を比較・解析する。 2. 分子機能解析:EMU1タンパクとの結合が見出されたlamininとの分子間相互作用を解析し、細胞-基質間の反接着作用のメカニズムを解明する。また、他の結合分子を同定するために、精製EMU1タンパクとEMU1抗体を用いて免疫沈降し、質量分析により網羅的な解析を行う。さらに、EMU1の増殖促進作用のメカニズムを明らかにするために、EMU1発現の変動に伴う分子発現やシグナル伝達系の解析を行う。 3. ヒト癌への応用:CCLEデータベースを用いた探索で抽出したEMU1高発現細胞株(白血病、肺癌、乳癌)を入手し、EMU1の発現抑制による悪性形質の変化(増殖、接着等)を実験的に検討する。また、EMU1発現と臨床症例の予後との関連を明らかにするために、project HOPEのデータベースからEMU1高発現症例を抽出し、その臨床病理学的特徴を解析する。さらに、特定の臓器の癌については手術症例の病理組織標本を用いた免疫組織化学により症例数を増やし、予後や悪性度との関係を解析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度はマウス乳癌細胞株のEMU1安定高発現または低発現細胞の作製に予定外に大幅な時間を費やしたため、動物実験に至らなかった。細胞の作製は既存の試薬で間に合ったため新たな購入は少額であり、さらに、実験動物の購入がなかったため、使用額が予定額よりも大幅に少なかった。また、EMU1結合タンパクの網羅的解析に必要な質量分析は受託解析として計画していたが、実験の遅れから次年度に行うことにした。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度は作製が完了した細胞をマウスに移植して転移のアッセイをする動物実験を計画し、実験動物購入費を次年度繰り越しとした。また、平成28年度に行う予定であった質量分析の受託解析費も次年度へ繰り越すこととした。
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