研究課題/領域番号 |
16K16696
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研究機関 | 北海道科学大学 |
研究代表者 |
山畑 倫志 北海道科学大学, 高等教育支援センター, 准教授 (00528234)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | インド文学 / ジャイナ教説話文学 / グジャラート語文学 / 古グジャラート語 / アパブランシャ語 / ラーソー / バーラマーサー / ネーミナータ |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、未だ不分明な中期インド語文学と近代インド諸語文学の関係を明らかにすることにある。そのために両者の狭間の時期に多く作成されたジャイナ教の聖者伝と、俗人の英雄譚であるラーソー文学という二つの文学形式を鍵とし、相互の影響関係を見出していくことを目指している。 当該年度の研究では、ジャイナ教の聖者のうち、古グジャラート語文学でしばしばとりあげられるネーミナータをテーマとした文学作品について分析した。それを分析対象とした理由は古グジャラート語の文学の初期から非常に多く現れる説話であるため、新たな文学形式の生成に深く関わると想定されたためである。 まずネーミナータ説話自体についてジャイナ教聖典からプラークリット語やアパブランシャ語の聖者伝を経て古グジャラート語文学へといたる変化の様相を解明することを研究目的とした。その結果、経典ではネーミナータの出家に重点が置かれているのに対し、より後代の説話作品ではその婚約者であるラージャルの愛情表現に焦点が置かれていることがわかった。特に古グジャラート語文学の時代になると、歌謡や舞踊と関係の深いラーソーに加え、季節の描写とともに物語るバーラマーサーやパーグといったジャンルが登場する。その際にラージャルのエピソードが頻繁に用いられていることから、ネーミナータ説話の変容は使用される言語や形式の変化に一定程度連動していると考えられる。 また、愛情表現が中心となったネーミナータ説話は類似するクリシュナ説話との関係を示唆する。実際、ラーソー以前のジャイナ教説話にはクリシュナが取り込まれ、ネーミナータの従兄弟という位置づけで聖者の一人に数えられるようになっている。当時の社会状況との関連を調査した結果、クリシュナ説話の受容およびそれに続くラージャルの愛情表現描写の流行はグジャラート地域の政治的な変動と大きく関係がありうるということがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当該年度は古グジャラート語や古ラージャスターン語、アパブランシャ語による文学作品を校訂本、写本を問わず、本研究に関連するもの、特に当時頻繁に主題とされていたジャイナ教の第22代祖師ネーミナータに関する作品を収集した。 2018年3月にはインドの現地調査を行い、多くの写本を入手することができた。現地調査ではラージャスターン州ジョードプルおよびジャイプルのRajasthan Oriental Research Instituteにおいて、予想を大きく超えた写本画像の入手が可能となった。写本の言語は古グジャラート語、古ラージャスターン語、アパブランシャ語、サンスクリット語など多岐に亘る。内容はラーソー文献を主としているが、歴史的にはラーソーに続く文学ジャンルであるバーラーマーサやパーグについても多くを収集した。これらの写本の整理により、12世紀から14世紀にかけての北インド西部における近代インド諸語文学の展開について、ネーミナータ説話の主題化という点で共通する各種文学ジャンルの関係がより深く理解できるようになった。 またジャイナ教文学におけるネーミナータ説話の歴史的展開について、当時の社会状況と関連させた説明を試み、アパブランシャ語などの聖者伝文学から古グジャラート語によるラーソーやバーラマーサーへと主要な文学形式が変わったことの背景を明らかにすることができた。 さらに古グジャラート語説話の生成に対してネーミナータ説話が当初の想定よりもかなり大きい役割を果たしていたことも判明し、グジャラート・ラージャスターン地域における中期インド語文学から近代インド諸語文学への変化の様相がより明確に描くことが可能となったため、「当初の計画以上に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
当該年度までの研究で、初期の古グジャラート語文学すなわちラーソーとそれに続くバーラマーサーやパーグといった文学ジャンルは当時の社会状況の変化の結果生じてきたと解釈できる要素が多いこと、またそれらラーソー等が現れた時期には、ネーミナータ説話がクリシュナ説話の影響を受け変容し、多くの作品が著されたことがわかった。 そこで今後の研究の推進方策としては、ジャイナ教におけるネーミナータ説話とクリシュナ説話の相互関係の解明をもとに古グジャラート語文学が生じてきた様相をより詳細に明らかにしていく予定である。そのためにジャイナ教経典からプラークリット語やアパブランシャ語、サンスクリット語による聖者伝文学、そして古グジャラート語文学にいたるまでのネーミナータ説話とクリシュナ説話の接近の経緯を確かめていく。その目的のためには当該年度の現地調査において入手したネーミナータ説話を中心とした古グジャラート語や古ラージャスターン語、アパブランシャ語の写本の利用も有効であるため、積極的に活用していく。 本研究のテーマの一つであるラーソーについても、初期の古グジャラート語文学時代に多くの作品が著されているため、ジャイナ教聖者伝型、聖地賛美型、俗人英雄譚型、教義宣揚型のように内容で区分し、ネーミナータ説話の流行や、ジャイナ教団を中心とした社会変化との関連で整理し、多様な内容でラーソーが著された背景を考察していく。 さらにインド語史の観点から、古グジャラート語作品とアパブランシャ語コーパスを用いて、両者の複合動詞の用法の違いを調査する。特に機能動詞となりうる動詞の種類と、その機能動詞と共起する本動詞の意味カテゴリーとの関係の変遷を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 平成30年3月に行った調査のための諸費用に予定していた額が、実際の現地調査の際に、交通費や資料購入費について変更が生じたため、それにより余剰となった金額を次年度使用額とした。 (使用計画) 発生した次年度使用額は古グジャラート語および古ラージャスターン語文献の刊本や写本のうち、本研究と関連が深くかつ未入手のものの収集に用いる予定である。
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