本課題の最終年度である今年度はまず、ジャイナ教聖者伝とラーソー文学をつなぐ重要なキャラクターであるクリシュナとラーマについて考察した。ジャイナ教説話においてラーマ物語とクリシュナ物語は大きな部分を占める。クリシュナは比較的早い時期からネーミナータと関係づけられており、また説話内ではネーミナータの下位に位置づけられてきた。クリシュナは殺生の罪を犯し地獄に転生する役割を負っており、祖師たるネーミナータとの対比が意図されていると推測される。 それに対し、ラーマ物語は祖師などの他の偉人との関係が希薄であり、比較的独立性が強い。ジャイナ説話の主たる構成として祖師と転輪聖王のような出家者と世俗の対比があるが、ラーマ物語にはネーミナータのような出家側の重要人物がいないため、ラーマを出家側に配置する必要があったものと推測される。 また、同時期に現れる聖地文学についても考察した。現在、北インド西部のジャイナ教聖地としてはギルナール山やシャトルンジャヤ山、アーブー山が代表的であるが、その主要寺院は11~12世紀以降に建立されている。同時期のこの地域の文学作品の特徴として、地域言語使用の活発化、ラーソーなどの新たな文学の流行、そして聖地文学の登場があげられる。ジャイナ教の聖地信仰の伝統はあまり古い時代に遡ることはできない。ギルナール山はジャイナ教聖典でネーミナータとの関係が確認できるが、ネーミナータ寺院の建立は12世紀である。その背景として同地域におけるクリシュナ信仰の広がりも考えられる。この時期は北インド西部が政治的に大きな変化を被った時期に当たる。そのためジャイナ教団にも少なくない影響があったと推測されるが、それを直接的に示す記述は当時の文献には見られない。そこで聖地文学の出現をクリシュナ信仰の広がりと政治的背景の2つの視点から検討した。
|