最終年度の研究においては、前年度に執筆していたOctavia Butlerの遺作であるFledglingについての論考を発展させ、2020年1月にホノルルで行われた国際学会で研究発表を行った。そこで様々な研究者と意見交換を行い、多様な知見を得ることができた。 前年度から引き続き、主人公のShoriのセクシュアリティを中心に論考を深めていったが、今年度新たに取り入れた視点は、セクシュアリティと食の関係性である。ヴァンパイアであるShoriは、彼女と宿主的関係を結ぶ人間たちを複数人抱えているが、彼ら・彼女らの血を食らう際には非常に性的な描写がなされる。また、血を提供する人間たちには性的な快楽に似た甘美な感覚を与えられるという。こうしたセクシュアリティと食についての深い結びつきを考えていく上で、とりわけ有益だったのは、Kyla Wazana TompkinsのRacial Indigestion: Eating Bodies in the 19th Centuryという研究書である。奴隷制の時代において「消費される」身体という黒人たちに付与されたアメリカに長らく存在する比喩に着目し、喰う主体と喰われる客体という二項対立のみならず、「Indigestion」(「消化不良」)というタイトルが示唆する通り、容易に喰われることを拒む黒人の身体が持つ可逆性を指摘する論考は極めて刺激的であった。Fledglingにおいて、喰う者と喰われる者という二項対立的関係を逆転させている点も、Shoriのエージェンシーの在り方につながっていくことが確認できた。 こうした点は、これまでの研究で明らかになった他の英語圏黒人文学に描かれる子どもの表象のもっとも重要な点と重なり、子どもに付与されたエージェンシーを通して、新たな黒人主体の確立の可能性が示唆されていると思われる。
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