イギリスの憎悪扇動表現規制における表現の自由の保障範囲の在り方に関する検討の一部として、平成30年度はイギリス(なお、ここでのイギリスはイングランド及びウェールズを指すものとする。)における憎悪扇動表現のうち、宗教に対する憎悪扇動表現に焦点をあてて検討した。また、現在のイギリスにおける憎悪扇動表現の現状について確認すべく、イギリスの研究協力者に対して聞取り調査を行った。 イギリスの宗教的憎悪扇動罪は2006年に創設されている。それまでは、人種的憎悪扇動罪を中心とした規制が行われており、ユダヤ教徒やシーク教徒など宗教と民族が同義ととらえられる対象に対する表現は処罰対象となっていたものの、多民族で構成される宗教に対する憎悪扇動表現は規制の対象外となっていた。この不均衡を是正するために制定されたのが宗教的憎悪扇動罪である。基本的には人種的憎悪扇動罪と類似する条文となっているものの、宗教に対する憎悪扇動表現を規制した場合、宗教に対する批判等も規制されかねないとして、罪の成立要件が人種的憎悪扇動罪よりも限定化されている。このため宗教的憎悪扇動罪制定より10年以上経過しているものの管見の限り、宗教的憎悪扇動罪による訴追は見受けられない。 イギリスの憎悪扇動表現の現状に関する聞取り調査については、表現の自由に関する研究を専門とするロンドン大学教授と信教の自由に関する研究を専門とするレスター大学教授に対して実施した。本件聞取り調査では前年度に欧州大陸の研究協力者に対して実施した聞取り調査と対応させるため、インターネット上の憎悪扇動表現規制に関する見解を中心に聞き取りを行った。聞取り調査では、政治家による憎悪表現の問題について示唆を受けた。
|