2019年度に実施した研究の成果は,中央大学での招待報告を通じ,前年度に刊行した『デュルケムの近代社会構想』で採用した社会学史研究の方法論上の意義を明確化したことである. 特定の論者が書いたテキストから「近代社会」の実像を再構築しようとする研究や特定の論者が提示した理論に基づき「現代社会」を語ろうとする語り口に対する疑念が強まる一方で,2000年代以降の社会学では構築主義の影響の下,分析の対象を明確に定めるための方法論的な手続きが洗練されていった.思想史においても,検討すべきテキストの範囲を著者名で限定するのではなく,思想の潮流や言説,コーパスといった範囲に分析の対象を設定する研究が登場している.以上の動向を踏まえつつ『デュルケムの近代社会構想』では,特定の著者名で限定されるテキスト群の方がむしろ分析対象の内的一貫性を仮定しうるとの見通しの下,その著者が受容した同時代のテキスト群や同時代のコンテキストとの比較対照を通じて,特定の著者が同時代において占める理論的な位置や特定の著者が著したテキスト群内での理論的な展開過程を説明するという方法を採用し,特定の個人の思想や「近代社会」論とは異なる水準において,社会学史研究としての対象設定を行ったものである. ただしこのような手法が一定の妥当性を持ちうるのは,社会学史研究のような特定の人格により対象を限定することのできる研究に限られており,社会を理論的に語るためには,人格とは異なる水準での「何らかの一貫性」が成立しているとの社会的な通念の存在が必要である.逆に言うとデュルケム社会学の意義とは,このような意味での「何らかの一貫性」を持った存在に対する社会的な通念の広がりを捉え,それを理論化したとした試みだと捉えられる.この着想により,『デュルケムの近代社会構想』では検討できなかった後期デュルケムへの展開に関する一定の見通しが得られた.
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