研究実績の概要 |
1. Notchシグナル阻害剤により増殖促進が認められたJurkatにおいて, Notchシグナル阻害が増殖促進効果を及ぼす分子機序について解析した. T-ALL細胞株のJurkatとKOPT-K1に対して3種類のsiRNA, すなわちNOTCH1の遺伝子発現を抑制するsiRNA (siN1), NOTCH2の遺伝子発現を抑制するsiRNA (siN2) , PTENの遺伝子発現を抑制するsiRNA(siPTEN)を単独または混合して,細胞内に導入し, 増殖効果および蛋白と遺伝子発現量の変化を解析した結果, Jurkatの増殖にはNotch1だけでなく, Notch2も関与していることを見出した. また, JurkatはPTENがもともと欠損していることが知られており, JurkatでNOTCHタンパクが増加して細胞増殖が促進するのはPTEN遺伝子の欠損が一因であることが示唆された. 2. Jurkatの細胞特性をさらに解明するために, PTEN遺伝子に着目し, その検討を行った. その結果, Jurkatにおいて, siPTENで増殖抑制効果がみられ, 死細胞が多く観察された. イムノブロットでは, Jurkatにおいて, siPTENによりNotchシグナル関連蛋白, mTORシグナル関連蛋白, Wntシグナル関連蛋白の増加もみられた. KOPT-1ではsiPTENによる増殖やこれらのタンパクの変化はみられなかった. 本研究から, Jurkatは他のT-ALL細胞株とは異なる独自のNotch関連シグナルの伝達が示唆された. この結果から, siPTENがPTENの偽遺伝子を含めた, 本来の標的であるPTEN以外の遺伝子に作用した可能性がある. すなわちPTEN偽遺伝子が遺伝子発現を調整しており, 一部の白血病細胞の増殖に影響を及ぼしていることが示唆された.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では白血病の増殖を調節するシグナル伝達と細胞特性の解明を目的としている. エレクトロポレーション法によるsiRNAの導入効率は良好であり, 現在までの達成目標であるNotchシグナル阻害剤により細胞増殖効果が認められたJurkatの細胞特性を一部解明することに成功した. また, Jurkatには欠損していることが知られているPTEN遺伝子だが, JurkatにPTEN遺伝子のsiRNA (siPTEN) を導入するとアポトーシスを介した細胞増殖抑制現象がみられ, Notchシグナル関連蛋白, mTORシグナル関連蛋白, Wntシグナル関連蛋白の増加もみられた. この結果から, siPTENがPTENの偽遺伝子を含めた, 本来の標的であるPTEN以外の遺伝子に作用した可能性が示唆された. 従来, 偽遺伝子はゲノム中でその遺伝子の機能を失ったものとされてきたが, 機能を有するものもあることが報告されている. 本研究でsiPTENがPTEN偽遺伝子の機能を本当に抑制したのかについては, さらなる解析を要するが, 偽遺伝子が一部の白血病細胞の増殖とシグナル調節に関わっているかもしれない可能性を見出した. 白血病の増殖に関わる遺伝子やシグナル伝達系の分子機序が解明されれば, 白血病治療に有効な遺伝子検査と分子標的薬の選択に役立つことが期待される.
|
今後の研究の推進方策 |
今後はCRISPR/cas9ゲノム編集システムを用いて, 細胞増殖に関与する因子の解明と細胞特性を明らかにする研究を行う. これまではsiRNAによる標的遺伝子のノックダウン効果を解析してきたが, CRISPR/cas9ゲノム編集システムはゲノムDNAを標的とし,編集することで標的遺伝子の発現を半永久的にノックアウトする. その結果作成できたノックアウト細胞株を用いて, さまざまなシグナル阻害剤の効果を解析し, その結果を現在まで研究で得られた結果と比較する. まず, ノックアウト細胞株を作成するためにPTEN CRISPR Knockout and Activation Plasmids (SANTA CRUZ社)をJurkat以外の細胞株に導入し, PTEN遺伝子をノックアウトさせる. 次にPTEN遺伝子とタンパクの発現がノックアウトされたかをそれぞれ定量RT-PCR法とイムノブロット法で解析する. PTEN遺伝子のノックアウトが確認できたら, その細胞株を用いてシグナル阻害剤による増殖効果や遺伝子発現量の変化を解析し, これまでの研究で得られた細胞特性の確認と新たな細胞特性の解明を目指す. さらに, 白血病細胞におけるPTEN偽遺伝子の機能についての解析も継続して研究する予定である.
|