研究実績の概要 |
幹細胞の分化と増殖にはNotchシグナル, mTORシグナル, WNTシグナル, Hedgehogシグナルなどの様々なシグナル伝達系が関与しており, これらのシグナル異常が白血病発症に起因することが示唆される. 我々はこれまでにNotchシグナルを阻害する gamma-secretase inhibitor (GSI) が多くの白血病細胞株に対して増殖抑制効果を及ぼすことを報告したが, 急性Tリンパ芽球性白血病細胞株のJurkatではGSIによって細胞増殖が却って促進するという結果を見出した. JurkatはPTEN遺伝子が欠損していることが知られており, この細胞特性がGSIによって増殖促進効果を及ぼした一因ではないかと推察される. 平成29年度の研究では, CRISPR/cas9システムとsiRNAを用いてPTEN遺伝子の発現を抑制した細胞株に対して, GSIの効果を検証した. その結果, PTENの発現を抑制した細胞はGSI-XXIによって細胞増殖が促進する可能性が高まった. また, JurkatはPTENを欠損しているにも関わらず, PTEN遺伝子の発現を抑制させることによって, 細胞増殖に変化がみられた. これはPTENP1が細胞増殖に関与していることが示唆される. 従来, 偽遺伝子は機能遺伝子の塩基配列と類似しているが, 機能を有していないと考えられているDNA領域のことであり, 重要ではないとされてきた. しかし, 機能を有するものもあり, その機能がそのもととなる遺伝子だけでなく無関係の遺伝子にも影響を及ぼす可能性があることが近年報告されている. 本研究でもPTENの偽遺伝子であるPTENP1が機能を獲得して, 一部の白血病細胞株の増殖に影響を及ぼした可能性が示唆され, 白血病の増殖における偽遺伝子の機能について重要な知見となり得る結果が得られた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度に引き続き、白血病細胞の増殖におけるPTENの機能解析を行った. PTEN遺伝子をノックアウトさせるPTEN CRISPR Knockout Activation Plasmidsを白血病細胞に導入した結果, PTEN遺伝子をノックダウンさせたときと同様の増殖抑制効果が見出されたとともに細胞の増殖に関与しているシグナル伝達系に変化が認められた. また, PTENを欠損している細胞株に対してPTEN遺伝子の発現を抑制させた結果, 細胞増殖に変化がみられた. これはPTENP1が細胞増殖に関与していることが示唆される. PTENP1はPTENの偽遺伝子であり従来から機能を有していない遺伝子として知られてきた. しかし, 本研究結果からPTENが欠損しているにも関わらず, PTENの発現を抑制させるとPTENP1のタンパクが増加して細胞増殖に変化がみられた. このことから, PTENP1が新たな生物学的役割を獲得して, 細胞増殖に影響を与えた可能性が示唆される. その結果をまとめたものを第64回日本臨床検査医学会学術集会において発表した. 平成29年度に予定していたCRISPR/cas9システムを用いた遺伝子ノックダウン細胞株の作成については現在進行中であり, 平成30年度も継続して実験を行う. また, 研究過程で得られたPTEN偽遺伝子の生物学的機能の可能性についても更に解析を続けていく次第である.
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は, 当初の計画通りPTEN CRISPR Knockout Activation Plasmidsを白血病細胞に導入後, シングルセル解析を行い, PTEN遺伝子ノックアウト細胞株を樹立し, その細胞株に対するNotchシグナル阻害薬の効果を解析する. また, PTENの偽遺伝子であるPTENP1が白血病細胞の増殖に関与している可能性が示唆されたことから, 白血病細胞の分化, 増殖におけるPTENP1の機能解析について新たに検討する予定である. PTEN遺伝子ノックアウト細胞の確認方法として希釈法を計画しているが, ノックアウト効率が低い場合やノックアウト細胞株の樹立が困難な際は, 対象遺伝子のsiRNAもしくはshRNAを用いて解析研究を行う. これらの結果をとりまとめ, 学会等の規定に従い公表に関する審査申請を行い発表する.
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