18世紀末から19世紀前半のドイツ刑事法学にみられる歴史的・哲学的な基礎研究(当時、刑事法学の「補助学Hilfswissenschaften」と呼ばれている諸分野)が、同時代の狭義の刑事法の理論および実践にいかなる影響を与えているのか--この点を実証的に理解することが本研究の課題である。 調査の進展とともに研究対象は絞り込まれ、哲学的な補助学、その中でも当時の刑法家に重視されている「心理学」(萌芽的な犯罪心理学)の役割に注目するに至った。ドイツでの調査も含めて収集した史料によれば、特に刑法上の帰責の場面で、哲学的補助学(犯罪心理学)と刑事法の理論との結びつきが顕著である。啓蒙期以来の帰責治は、行為者の「意思の自由」を基本的に肯定したうえで、この「自由」が行為の際に行為者に存在したか否か、またその程度はどれはどのものであったかという観点から、特に現在の限定責任能力や緊急行為に当たる諸類型において処罰の減免を基礎づける役割を果たしてきた。だが実務の場では、「意思の自由」の存否や程度の判断が、裁判官の場当たり的な裁量に委ねられていることも少なくなく、しばしば恣意的な運用が生じて間題となった。それゆえ帰責のあり方や、その前提となる人間の「意思の自由」について、フォイエルバッハ、グロールマン、クライン、クラインシュロートら、当時の代表的な刑法家たちも激しく論争している。そして「意思の自由」を肯定する論者にとっては、帰責の際に行為者の「自由」について判断する説得的・客観的な基準の確立が急務となった。そこで彼らは犯罪心理学に期待を寄せたのである。当時の犯罪心理学の研究者(主に哲学者)の側も、帰責論に明確な判断基準を示すという役割を自党している。 以上、帰責論と犯罪心理学との相互関係を具体例とし、刑事法の理論および実務への歴史的。哲学的補助学の影響の一端を具体的に示しえたことが、本研究の主たる成果である。
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