研究概要 |
本研究では、穂発芽が育種上の問題となっているコムギにおける種子休眠調節機構を解明するために、アブシジン酸(ABA)応答遺伝子の発現を制御する転写因子、及びその遺伝子の探索と解析を行った。 種子で機能しABAのシグナル伝達に関わるbZIP型転写因子をコードするシロイヌナズナABA Insensitive 5 (ABI5)の情報をもとにして、イネ及びコムギのESTデータベースを検索することにより、コムギABI5オーソログ(TaABI5)の候補となるクローンを見いだした。6倍体コムギ完熟種子胚由来のcDNAライブラリーから、完全長のcDNAをクローニングして解析した結果、推定のアミノ酸配列(390a.a.)は数多く登録されているコムギbZIP転写因子の中でも、特にシロイヌナズナやイネのABI5と相同性が高く、同じfamilyに属することが明らかとなった。この遺伝子の発現パターンを解析した結果、種子特異的でありその発現量は種子の登熟が進むにつれて増加することが示された。休眠性の異なるコムギの種子胚を用いて定量RT-PCRを行い、ABA存在下における遺伝子発現パターンの違いを比較した結果、休眠性の強いミナミノコムギでは、TaABI5の発現が高いことが示された。ミナミノコムギの種子胚では、ABAシグナル伝達に関与する遺伝子、TaVp1、TaPKABA1、Em遺伝子の発現量もまた高かったことから、TaABI5に加えてこれら一連のABAシグナル伝達関連遺伝子の発現量と種子休眠の関連が示唆された。 このTaABI5のゲノミックDNAとcDNA塩基配列の解析から、TaABI5は、転写後に3'領域で選択的にスプライシングされることにより、少なくとも2種類のmRNA (TaABI5-I,TaABI5-II)が作りだされることが明らかとなった。コムギ糊粉層におけるトランジェントアッセイを行い、これらのTaABI5のEm遺伝子プロモーターに対する転写活性の効果を調べた結果、TaABI5-IIはTaABI5-Iと比較して転写活性化能力が低いことが示され、このTaABI5における選択的スプライシングが種子休眠におけるABA応答遺伝子の発現制御に関連している可能性が示唆された。これまでのところ、シロイヌナズナやイネのABI5ではこのようなスプライシングの異常についての報告はない。現在、このスプライシングの意義について、つまり種子の休眠/発芽の調節との関連、また倍数性との関連等について明らかにするために、詳細な解析を行っている。
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