研究課題/領域番号 |
17H04535
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
長谷川 奏 早稲田大学, 総合研究機構, 客員上級研究員 (80318831)
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研究分担者 |
西本 真一 日本工業大学, 工学部, 教授 (10198517)
西坂 朗子 東日本国際大学, エジプト考古学研究所, 客員准教授 (30454193)
津村 眞輝子 (財)古代オリエント博物館, 研究部, 研究員 (60238128)
惠多谷 雅弘 東海大学, 付置研究所, 技術職員 (60398758)
近藤 二郎 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (70186849)
津村 宏臣 同志社大学, 文化情報学部, 准教授 (40376934)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | エジプト / 西方デルタ / イドゥク湖 / コーム・アル=ディバーゥ遺跡 / 生業複合 / 神殿周域住居 / ヘレニズム / 発掘調査 |
研究実績の概要 |
研究対象のコーム・アル=ディバーゥ遺跡は、古砂丘の上に形成された集落遺跡である 。南北二つの丘のうち、南丘陵は6haを測り、丘の頂部は麓から10mほどの標高差を測る。建築調査では、丘の頂上部から、神殿ナオスの基部と思われる遺構部分がみつかった。ナオスの横幅は約660cm、壁厚は76cmで、煉瓦規格は38cmL×20cmWである。また丘の中腹からは、煉瓦規格は36cmL×19cmWの煉瓦4枚分の厚みを持つ壁(144cm)が発見され、ナオスを取り囲む周壁をなすと考えられ、建造年代はプトレマイオス王朝時代が推測された(第Ⅰ期)。南丘陵の磁気探査で捕捉された反応は、日乾煉瓦で建造された集落を示すと思われ、丘陵の西~南側に集中しており、遺地表面からの表採遺物調査では、集落の最も重要な活動時期は後1~3世紀に想定された(第Ⅱ期)。また丘の麓の南側部分では、住居の軸線がやや北側に傾くが、ここには多くの焼成煉瓦片が分布しており、ビザンツ時代に年代づけられた(Ⅲ期)。このように南丘陵では、年代の複合状況と主要なプランが推測される成果が得られていた。2018年度に調査を行った北丘陵は、150mx150m程度の広さで、6m程度の標高差を測る。探査の結果、東側では埋葬が行われた痕跡が反応図にみられた一方で、西側では、地表面に焼成煉瓦片が密に分布している異なりが顕著であった。そこで、当該の一角でトレンチ調査を行ったところ、地表面から-40~-50cmの深度から、焼成煉瓦(19-20cmLx6-8cmW)による壁体の一部がみつかったために、北丘陵がイドゥク湖の内湾に面してランドマーク的に利用された仮説が裏付けられた。2018年度調査では、海洋沿岸のサウジアラビア紅海沿岸の遺跡形成事例も収集され、肥沃な沃土地帯とは異なり集約的な農業が困難な環境のもとでの、生活文化の型に関する考察資料が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、2008年度から約10年間にわたって、エジプトの西方デルタで行ってきた考古学調査の成果を発展させたものである。これまでの調査では、エジプト地中海沿岸のイドゥク湖畔における歴史時代の古環境を復元し、湖畔に形成された砂丘丘陵で営まれていた独特のライフスタイルである生業複合の暮らしぶりを推測するに至った。そこで同湖畔内にあるコーム・アル=ディバーゥ遺跡の調査を通じて、これまでの仮説を実証的に検証する研究が立案された。2018年の前段階までに、当該の遺跡の存続年代(1~3世紀を中心としたヘレニズム時代)と、南側丘陵の頂部に建造されたナオスを核とする神殿周域住居の広がりのプランの概要が推測される大きな成果を得てきた。2018年度から始まる科研費調査では、このように複合的な探査手法の実践によって具体的にイメージされたヘレニズム村落を、発掘調査によって、実証することを課題とするものであった。そのためには、これまで南丘陵のみで推測されてきた全体像に、北丘陵の成果を加える必要があったために、初年度(2018年)は、北丘陵の探査を行ったところ、年代とプランに関して、南丘陵で得られた仮説をより具体的に示す成果が得られた。これによって、コーム・アル=ディバーゥ遺跡の発掘調査へ進む学術的な準備が予定通りに整ったこととなる。そこで2019年度には、まず、発掘調査の開始に備えて、遺物管理倉庫とアプローチルートの設営、遺跡の保護環境の構築(鉄条網敷設等)を進め、加えて、これまでの古代の生活文化に関する仮説を検証するための民俗資料(飲料水の確保、生活雑器や植物繊維材による生産業の実態)および古環境学の比較資料(海洋沿岸の遺跡環境の比較)の収集を進め、発掘調査の成果をより巨視的な視点から位置づける作業に進むことになる。総じて、計画は立案どおりおおむね順調に進展していると自己評価しえよう。
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今後の研究の推進方策 |
本調査は、従来の学史で光が当ててこられなかったイドゥク湖周辺地域を対象にして、古代における経済活動の痕跡を提示することを目指している 。コーム・アル=ディバーゥ遺跡の探査によって得られた砂丘集落の具体的なイメージを効率的に活用し、豊富な文献研究に依拠したエジプト古代末期の都市・村落研究にも考古学分野から即応していくことをめざすものである。これによって、従来アレクサンドリアの後背地研究ではマリユート湖研究に偏重されていたのがイドゥク湖にも目を向けることになることが期待され 、またこれまでメガポリスを連結する流通研究に偏重してきた古典考古学にも「地域的な経済圏」を重視した視点が加わることとなろう。そのためには、2018年度調査において、今後継続的に行われる予定の発掘調査に備えた環境整備は不可欠であり、民俗資料の収集は、デルタの周縁という独特の環境下におけるライフスタイルの解明に貴重な事例を提供することとなる。これらが総合された後で、2019~21年度には、南丘陵と北丘陵の発掘が進み、出土遺構(住居・竈・倉庫・家畜小屋・街路・広場等)と出土遺物(土器やガラス器等の生活雑器・装飾品・道具・貨幣等)の分析から、仮説の実証的な検証が進められる予定である。またオストラカ等に記された文字史料(エジプト語、ギリシア語等)の分析は、湖沼民の生活文化の実態や、アレクサンドリアに置かれたヘレニズム政権と当該村落の経済的な繋がりを解明しうる資料ともなる。当該遺跡の総合的な考察と、現在イドゥク湖周辺で欧米の調査隊によって解明が進められている遺跡調査の成果(Kom al-Gharaf, Kom al-Ahmar, Kom al-Wasit等)をも総合することによって、文献研究が先行しているファイユーム等のヘレニズム村落との比較も可能となり、西方デルタ内の地域経済圏の実態解明が進められる予定である。
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備考 |
2008年から10年間にわたって継続調査を行っているエジプト西方デルタの考古学調査(代表:長谷川奏)の研究の進展を報じたウェブサイトである。冒頭には「調査の目的」が記され、以後順に、「地図/地誌」「調査レポート」「衛星画像」「地質ボーリング調査」「研究発表」の項目に従って、人文領域と科学領域(空間情報、地質情報)を総合した日本調査隊の調査の成果が記されている。
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