研究課題/領域番号 |
17H06689
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
金 鐘勲 一橋大学, 大学院商学研究科, 特任講師 (10801566)
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研究期間 (年度) |
2017-08-25 – 2019-03-31
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キーワード | 国際会計基準 (IFRS) / 経済的帰結 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、国際会計基準(IFRS)の適用が及ぼす経済的帰結を検討することである。近年、グローバル化の影響を受けて各国の会計基準の統合化がIFRSを中心に急速に進んでいる。こうした世界的な流れを受け、日本においても2010年3月期からIFRSの任意適用が可能になり、2017年4月13日現在142社がIFRSを任意適用済または適用を決定している。 本研究の内容は具体的に次の2つに分類される。1つ目は日本企業によるIFRSの任意適用が会計情報の情報的役割に与える影響である。2つ目は日本企業によるIFRSの任意適用が会計情報の契約的役割に与える影響である。平成29年度では双方の内容について文献サーベイ、パイロットテスト等の予備的な調査を行った。 また、そもそも、IFRSの任意適用が日本企業の会計情報の属性にどのような影響を与えるのかについても検討した。会計情報の情報的役割と契約的役割は共に、会計情報の属性に大きく左右されるものである。このため、日本企業によるIFRSの任意適用が会計情報の情報的役割と契約的役割に与える影響を深く分析するためにはまず、その会計情報の質への影響を検討する必要があると判断したためである。 具体的には、日本の並行開示制度に着目し、IFRS 任意適用後のIFRS と日本基準のどちらが株式時価総額ないしは格付への説明力が高いかを分析した。分析の結果、当期純利益に関してはIFRS ベースの数値が日本基準ベースの数値よりも価値関連性と格付関連性の両面で統計的に有意に低いことが観察されている。また、IFRS ベースの当期純利益は日本基準ベースのそれに比べて格付関連性を増分的に減少させる可能性があることが観察されている。これらの発見事項は、IFRS の適用によって日本企業の当期純利益情報の価値関連性と格付関連性が著しく損なわれている可能性があることを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
IFRSの任意適用が日本企業の会計情報の属性にどのような影響を与えるのかに関する調査では、一定程度の研究成果を得ることができた。具体的には、IFRSの適用によって日本企業の当期純利益情報の価値関連性と格付け関連性が著しく損なわれることが明らかとなった。このような結果は、日本企業によるIFRSの任意適用が、会計情報の情報的役割と契約的役割の双方に対して、ネガティブな影響を与えうることを示唆する。 当該研究結果は国内外の学会で発表を行い、国内学会の学会誌に投稿を行った。しかし、リジェクトされたため、掲載までには至らなかった。当該論文は英語化を行い、一橋大学マネジメントイノベーション研究センターのワーキングペーパーとして公表中である。現在、学会発表や論文投稿時に受けたコメントを基に論文の修正作業を行っている段階である。 本研究が調査対象としている会計情報の契約的役割のうち、経営者報酬契約は当期純利益情報に基づいて結ばれることが多い。このため、IFRSの任意適用が日本企業の会計情報の属性に与える影響を検証した上記の研究結果によると、IFRSの適用によって日本企業の経営者報酬契約の効率性が著しく低下した可能性がある。しかし、平成29年度には、この論点について文献調査、先行研究の整理、およびパイロットテストの段階にとどまり、研究成果として外部に公表できるほどの成果を得ることはできなかった。 日本企業によるIFRSの任意適用が会計情報の情報的役割に与える影響についても、すでに提出済の博士論文を今後広く公表するために、加筆・修正・分析を繰り返している。また、先行研究の議論をもう一度とりまとめ、本研究が貢献できる部分について、共同研究者と議論・考察を行っている段階である。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、「日本企業によるIFRSの任意適用が会計情報の情報的役割と契約的役割に与える影響」に関する論文を国内外の学会・カンファレンスで報告し、査読付き学術雑誌への投稿を行う予定である。また、「IFRSの任意適用が日本企業の会計情報の属性に与える影響」についても修正作業を行い、海外の査読付き学術雑誌に投稿を行う予定である。 さらに、IFRSの任意適用が及ぼす経済的帰結は、そのリサーチ・セッティング上、非ランダム割り当てによる自己選択バイアスの影響を本質的に含んでいる。このため、本研究の分析結果がIFRSに関連する政策評価や今後の政策決定に資する科学的エビデンスとなるためには、自己選択バイアスといった内生性の問題に適切に対処していかなければならない。そこで、平成30年度には、こうした問題に対処するための適切な統計的手法およびリサーチ・デザインの改善についても一層議論を深め、研究の内的妥当性を高めていく予定である。例えば、本研究における自己選択バイアスは日本企業が自らの意思でIFRSを任意適用するか否かを決定することに起因している。こうした自己選択バイアスといった内生性の問題を緩和し研究結果の内的妥当性を高めるには、IFRSを任意適用する日本企業の動機や特性を明らかにしていく必要がある。 この種の研究については世界的にみた場合、既にある程度の研究蓄積がある。ところが、日本企業固有のIFRS適用の動機についてはまだ十分な研究が蓄積されていない。そこで、平成30年度は日本企業固有のIFRS適用の動機について議論を深め、あるべき検証内容を導出し、研究を深めていく予定である。IFRSを任意適用する日本企業の動機や特性に関する検討は、日本企業によるIFRS任意適用が及ぼす経済的帰結を検討する際の欠落変数の問題を緩和し、結果的に、本研究の内的妥当性を高めるものと期待される。
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