まず、本研究課題における最大の目標であった未翻刻史料『阿弥陀房抄』の博捜状況と、その撰述者である阿弥陀房宗厳の来歴等に関しては、「『阿弥陀房抄』覚書」(『坂本廣博博士喜寿記念論文集 佛教の心と文化』、2019年)において詳細に論じることが出来た。次に、この研究成果を踏まえて、本史料群が当時の論義法要・竪義・論草作成に対して、どの程度の影響力を有していたのかという仏教思想史・天台教学史的な課題へ臨んだ。その際、『三百帖』『廬談』『伊賀抄』といった翻刻された論義書を用いて『阿弥陀房抄』の痕跡を追究したところ、その思想的根底に阿弥陀房宗厳の大師匠に当たる宝地房証真の記した「三大部私記(『法華玄義私記』『法華疏私記』『摩訶止観私記』)」が存在することが判明した。簡単に整理すれば、 『三百帖』といった講経論義研鑽の論書を編纂→論義法要を積み重ねた後に試験としての竪義を実施→その結果を踏まえて『阿弥陀房抄』のような義科書が作成→各地の談義所(学問寺院)へ伝播し、天台教学のテキストとなる 以上のような順で天台学を身につけながら学僧の階梯を進む学問体系の中に、本史料群は位置付けられていたといえるのである。これらに関する口頭報告として、「法華十講と竪義における論題-『三百帖』を中心に-」(平成30年度第1回文研例会(2018.05.16、於叡山学院))・「天台論義書における引証例から見る証真教学の継承」(平成30年度叡山学会(2018.06.15、於叡山学院))・「中世論義書における引証について-『阿弥陀房抄』を巡って-」(第60回天台宗教学大会(2018.11.10、於叡山学院))などを行い、専門の研究者と貴重な意見を交換することが出来た。加えて、『三大部私記』を根底におく証真教学を伝承した『阿弥陀房抄』は、『廬談』の題目作成・論理構成に影響を与えたと推測できる事例を発見することが出来た。
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