研究課題/領域番号 |
17J00734
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
茂野 智大 筑波大学, 人文社会科学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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キーワード | 萬葉集 / 挽歌 / 柿本人麻呂 |
研究実績の概要 |
今年度は、(1)作中話者に着目した人麻呂作歌の方法的分類と、(2)萬葉挽歌における死去表現についての研究を行い、その成果の一部を発表した。 まず、(1)の作中話者に着目した研究では、人麻呂作歌に第三者的作中人物の有無と話者(叙述主体)の立ち位置との相関が認められることを明らかにし、それに応じた方法的分類を行った。これにより人麻呂作歌の方法的特徴を客観的に把握する一つの指標が得られたと言える。さらにその分類を踏まえた考察により、とりわけ挽歌ではこうした方法的相違が死別なるものを観念する方法の相違に直接することが明らかになった。この成果は美夫君志会全国大会において「人麻呂挽歌における「われ」―その視点と方法―」の題で口頭発表した。 次に、(2)の死去表現に着目した研究では、『萬葉集』中のすべての挽歌を対象としてそれぞれの作品に含まれる死者を動作主とした用言(「過ぐ」「隠る」等)を網羅したデータベースを作成した。そのデータベースを用いた分析により、従来「死ぬ」ことの敬避表現や婉曲表現とされたこれらの表現が、単なる「死ぬ」の言い換えではなく、それらの語が有する本来的な意味を明確に活かして用いられていることが明らかとなった。これにより、挽歌表現の背後にある死なるものの理解を包括的に説明する足がかりが得られた。この成果の一部は筑波大学日本文学会例会において「「隠る」攷―萬葉挽歌における死去表現の有意味性―」の題で口頭発表した。また『日本語と日本文学』63号掲載の論文「古代日本の死生観―人麻呂挽歌とその周辺―」にも成果の一部を取り入れた。 今年度行った以上二つの研究は、ともに人麻呂挽歌の考察を巨視的な視点で行うことを目的としたものである。前者は挽歌以外も含む人麻呂作歌全体から、後者は人麻呂以外の歌も含む挽歌全体から、人麻呂挽歌を捉えるための有効な視座となると思われる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、作中話者に着目した研究と、死の表現語彙に着目した研究とを中心に行う予定であったが、それらは計画通りに進めることができた。とりわけ死の表現語彙に着目した研究はデータベースが完成するとともに、その分析によって当初の想定以上の成果を得ることができた。一方で、これらとは別に公的挽歌の分析に基づく学会発表を行う予定であったが、そちらは今年度は見送ることとした。それは、作中話者に着目した発表を先に行うべきという自らの判断に基づいて発表内容を変更したことによる。その点では、完全に計画通りの状況とは言えないものの、本研究の計画の最終段階を一部先取りした形であり、全体として進捗状況はおおむね順調であると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は今年度の二つの成果を踏まえつつ、本研究の課題である「死なるものの理解と表現との関係から見た柿本人麻呂挽歌論の構築」を達成するため、以下の二点に重点を置いて研究を進める。 第一に、皇子・皇女にかかわる人麻呂挽歌の分析である。既にその一部は2015年の美夫君志会万葉ゼミナールにおいて口頭発表を行っているが、今年度の研究を通じて得られた二つの視座を踏まえ、改めて挽歌および人麻呂作歌における位置付けを目的とした分析を進める。皇子・皇女にかかわる挽歌は、これまで論文として発表した私的性格の強い挽歌とは異なり、公的な性格が見出だせる作品である。本研究は公的・私的の別を問わない包括的な議論を志向するものであるため、それら公的挽歌の分析が不可欠となる。 第二に、死の表現語彙データベースの改訂と分析である。今年度作成したデータベースはそれぞれの表現的特徴とその背景にある死なるものの理解に基づいて分類したものだが、その利用にあたってはより個々の作品に即した分析が必要となる。現状の分類の是非も含めて検討を進め、挽歌研究においてより利用価値の高いデータベースとなるよう最適化を図る。また、このデータベースの紹介とそれを利用した分析の方法について、国内での学会発表を予定している。そこでの議論も踏まえてさらなる修正を施すものとする。 以上の二点を中心に研究を進め、死なるものの理解と表現との関係という新たな観点に基づいた人麻呂挽歌論の構築をもって、本研究課題の達成・完了とする。
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