2022年度は、前年度までの成果を発展させ、ロシア帝国の日本港湾の利用に伴う医学地誌の編成、及び、中央アジアの植民地化に伴う風土病及び流行病対策についての研究を進めた。その成果は、以下の通りである。 1、ロシア海軍において医学地誌編成のための調査対象の一つであった鉱泉に関連して、ロシア海軍軍医スリューニンの日本鉱泉論について、2022年10月に専修大学歴史学会大会小シンポジウム「帝国の軍隊と医療・医学知」にて報告を行い、さらに論文として『専修史学』に収めた。 2、2020年度より継続して進めていたロシア帝国の中央アジアにおける性病性梅毒に対する医療警察的対応についての研究を論文としてまとめて『ロシア史研究』に掲載した。 研究期間全体を通じて、本研究は、近代における帝国の医学がいかなるものであり、いかに創出されたのかを明らかにする試みとして、19世紀後半のロシアの陸海軍の軍医らの医学地誌的な記述に着目して進められた。ロシアの陸海軍の軍医らの知的営為は、ロシア本国とは自然・文化環境の異なる中央アジアの植民地及び日本の寄港地に関してそれぞれ展開されたものであった。ロシア帝国の医学は、一面において、彼ら軍医たちが“北の寒冷な”地帯から“温暖”もしくは“熱帯”的な地帯へのヒトの身体的な移動、移動先の場所での流行病との遭遇、またそれへの対応に際し、基本的に西欧の自然・文化環境で発展してきた医学・薬学知を背景としながら、それとは異なる自然・文化環境のなかで育まれてきた中央アジアもしくは日本の在来の医学・薬学知と積極的な交渉を持ち、場所を医学的に理解する試みの中で形成されていったと考えられる。本研究の対象は19世紀後半の梅毒に対するロシア軍医の学術的・実践的姿勢であったが、その成果は自然・文化環境と人間社会の病への対応との関係を考える上で、時代や病の種類を問わず、有意義であると考えられる。
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