研究課題/領域番号 |
17K01697
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研究機関 | フェリス女学院大学 |
研究代表者 |
和田 浩一 フェリス女学院大学, 国際交流学部, 教授 (20309438)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | オリンピック / クーベルタン / オリンピズム / レガシー / 万国教育連盟 / 国際オリンピック委員会 / IOC / オリンピック教育 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、近代オリンピックの創始者ピエール・ド・クーベルタンの国際オリンピック委員会(IOC)会長辞任後に結成した万国教育連盟の活動と思想とに注目し、オリンピックの枠組では十分に捉えられていないオリンピズムの内実を明らかにすることである。 具体的な研究課題は、次の3点である。1)万国教育連盟の委員構成と連盟が関わった国際会議など諸活動の実体、諸活動の基盤となった教育思想の3点を、連盟の年次報告書およびIOCアーカイブス所蔵の「万国教育連盟関係ファイル」に収められた史料から整理する。2)万国教育連盟がオリンピズムの現代的解釈の糸口となることの妥当性を、先の3つの視点からIOCとの連続性を明らかにすることにより裏づける。3)万国教育連盟におけるクーベルタンの思想の特徴を、連盟とIOCとの相違点や力点の置き方の違いに注目して明らかにする。 IOC時代には十分に説明されなかったオリンピズムの概念的要素を明らかにし、新しいオリンピズム像を提示することを目指す本研究には、以下のような学術的意義があると考える。1)他のメガ・スポーツイベントのものとは異なるオリンピック《固有》のレガシーを、オリンピズムという理念のレベルから明らかにし、2020年大会後に実施予定のレガシー評価に新しい視点を提供できる。2)2020年大会に向け、東京都の小中高校はもとより、全国の大学で展開されているオリンピック教育を、スポーツではなく「教育」という視点から意味づけすることができる。3)「オリンピズムは排他的にこれを独占しようとする一つの民族のものでも、一つの時代のものでもない」(1918年)と述べたクーベルタンの意志に応える、日本の体育・スポーツ学によるオリンピック・ムーブメントへのユニークな貢献になり得る。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究初年度はまず史料収集の準備をするため、万国教育連盟の年次報告書に記載の諸活動を整理した。その上で、計画・実施された複数の会議において芸術と美がテーマになっていたことに注目し、IOC会長時代のクーベルタンの行動(「スポーツと芸術・文学の結合」をテーマにした1906年コングレスの開催と、1912年ストックホルム大会からの芸術競技の導入)からの連続性と、内容の深化とを明らかにした。 次に本研究の基礎となる課題(1)に取り組むべく、IOCアーカイブス(ローザンヌ)で万国教育連盟に関する諸ファイルを調査し、以下の一次史料を収集した。ローザンヌ・コングレスのプログラム(1926.9.14-18)/書簡類(1926-1928)/新聞記事の切り抜き(1926-1928)/原稿「知の飛翔」(1928)。 IOCアーカイブスではさらに、近代オリンピックの芸術コンクール(1920年のアントワープ大会および1924年のパリ大会)に関する史料ファイルを調査した。その結果、フランス人ジャーナリストでありオリンピックを批判した『父親ぶった、あるいはスポーツの敵』(1927)の著者ジャン・ド・ピエルフの名前が、1924年パリ大会の芸術コンクール審査員リストに記載されていた事実をつかめた。クーベルタンはこの著書に対する意趣返しの文学的エッセー2本を『ロト』誌で発表しており、両者の主張の比較分析を通してオリンピズムの一断面を提示できる可能性がうかがえた。 以上、万国教育連盟関係ファイルの全体を調査できず、連盟の委員構成を整理するには至らなかったものの、連盟の活動がIOCの活動を補完するものであるという仮説を、芸術と美の視点から検証できる可能性を示せたという点で、ここまでの研究進捗状況は「おおむね順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
2018年度以降はまず、IOCアーカイブスで収集できた書簡類(1926-1928)と新聞記事の切り抜き(1926-1928)、ローザンヌ・コングレスのプログラム(1926.9.14-18)を分析し、特に連盟の前期に開催した国際会議でクーベルタンがどのようなテーマを設定し、どのようなネットワークを使って人を集め、どのような議論を経て、どのような結論を得たのかを明らかにする。 次に、昨年度のIOCアーカイブスでの調査で宿題となった、連盟後期の活動にかかわる一次史料(書簡類や委員のリストなど)の収集を実施し、連盟の活動を進める中でクーベルタンがどのような人的ネットワークを構築していったのかの解明を試みる。 その上で、万国教育連盟との比較対象としてIOC主催のオリンピック・コングレスに注目し、オリンピック大会すなわちスポーツ・イベント以外に、どのような活動をIOCの枠組の中でクーベルタンが推進していたのかを整理する。IOC側の史料となる『ルヴュー・オランピック』とオリンピック・コングレス報告書のうち、まだ手元にないコングレスの報告書(1897、1913、1921、1925年)をIOCアーカイブスで収集する。 また先述したピエルフの主張との比較分析を通して、万国教育連盟にも引き継がれた芸術と美に関するクーベルタンの考えを明らかにし、オリンピズムの一断面の提示を試みる。 最終的には、万国教育連盟の活動と思想の特徴を、IOCのそれらと比較することで明らかにする。具体的には、連盟にはあってIOCにはないもの、および連盟では力点が置かれているのにIOCでは強調されていなかったものを整理しつつ、新しいオリンピズム像を提示する。
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備考 |
和田 浩一「クーベルタンの思想からオリンピック・パラリンピック教育を考える」、東京都教育委員会平成29年度オリンピック・パラリンピック教育推進のための教員研修会、2017.8.1 和田 浩一「オリンピックってなに? オリンピズムってなに? ―― クーベルタンが答えます」、日本オリンピック委員会オリンピアン研修会、2018.3.17
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