研究課題/領域番号 |
17K02328
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
下野 玲子 早稲田大学, 付置研究所, 主任研究員 (90386714)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 中国 / 仏教図像 / 龍 / 獅子 / 霊獣 / 敦煌 / 華原磬 |
研究実績の概要 |
中国美術作品の現地調査は、まず2017年8月に広州市博物館の資料を調査し、唐代の“陶脊獣”(広州市文物考古研究所蔵)等の頭部が龍形の作品を確認した。比較的簡素なつくりであり、形態的な特徴としては鼻孔部分の突起から上唇の先端までの距離は短く、口吻の反りはうねりがほとんどないことが挙げられる。 つぎに、2017年11月に甘粛省の敦煌莫高窟第14窟、第220窟、第292窟、第305窟、第358窟、第380窟等、および瓜州県楡林窟第16窟、第25窟、第36窟等の調査を行い、隋~晩唐の壁画から龍と獅子、龍の参考となる鳥獣の図像を確認することができた。調査した雕塑作品は292窟の西壁龕縁北側の龍のみであるが、上唇の口吻の反りは少なめで比較的簡素な表現といえる。 2018年2月にはインドのニューデリー国立博物館に所蔵されるスタイン・コレクションの敦煌絵画の調査を行い、唐代の「西域仏菩薩図像集」(Stein No.Ch.xxii.0023)の獅子と龍の図像、「文殊菩薩像」の獅子図像2点(Stein No.Ch.00163, Ch.00465)を実見し、記録を取ることができた(写真撮影は不可)。「西域仏菩薩図像集」の龍は、報告者は台座を支える亀と考えていたが、実見して龍と訂正すべきと考えるに至った。また報告者の勤務先博物館の所蔵品・浮彫仏坐像の類品もこの機会に調査することができた。 敦煌を中心とする地域の絵画作品では、盛唐期以降の文殊騎獅像の獅子については、頭部の形状と立ち姿の概形はほぼ一定の類型に従っていることが指摘できる。龍についてはひきつづき調査作例を増やした上で詳細な分類を行う予定であるが、現段階では隋・唐期を通じての敦煌の絵画・彫塑作品および広州市の瓦製の龍形の頭部の作品から見る限り、簡素な形が多く、複雑なつくりの華原磬の龍とは眉の形状や鼻先の反り方に大きな相違が見受けられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2017年3月に右足首の外踝骨を骨折、また8月に右手の薬指を切って縫合治療を受けたため、その間の本務(博物館業務)が後ろ倒しになり、思うように調査準備や文献読解の時間が取れなかった。そこで、本年度は作品数の多い海外の調査を優先し、国内の博物館等の所蔵品調査は次年度以降に回すことにした。 中国の敦煌研究院に調査を申請する敦煌莫高窟・楡林窟については、最近になって研究者の調査に一定の基準が定められ、1窟につき30分以内という限度が規定された。そのため、隋代の第244窟は間近まで接近できなかったこともあって十分な観察ができなかった。この窟の龍は龍王と考えられる人物の両肩に伸び上がる2頭の龍をあらわす図像であるが、人物頭部を円環状に取り囲む形状が華原磬の龍と近似しており、調査対象として注目していた。それだけに、今一度の調査を試みたい。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の調査予定としては、国内では奈良・興福寺の華原磬をはじめ、昨年度調査できなかった京都国立博物館、泉屋博古館の龍形作品の調査を行う(9~10月頃の予定)。 国外では、中国の西安市の博物館と野外の石造物の調査を実施する(8月頃実施予定)。また敦煌莫高窟では、昨年調査が不十分であった隋代の第244窟、昨年修復作業中のため入ることができなかった初唐期の第335窟を含め、中唐期、晩唐期の窟を中心に龍と獅子の図像調査を継続する(11月もしくは3月に実施予定)。 文献については、『法苑珠林』その他の中国仏教文献、宋代までの史書、類書、敦煌変文から龍と獅子の記述を収集し、分類を試みる。また、『山海経』(南北朝期の郭璞注)から祥瑞に関する鳥獣の記述を収集、分類し、仏教的な鳥獣との性格の比較を試みたい。祥瑞との関連に注目するのは、特に龍が古来中国では祥瑞としての性質が大きく、見逃せない要点であるためである。 なお、華原磬については久方ぶりの新出論文として森下和貴子氏「興福寺西金堂の華原磬 ─金鼓の典拠に対する疑問と思想的背景─」(『奈良美術研究』18、2017年3月発行)が発表された。作品の様式については従来の見解を踏襲し、新たな主張はなされていない。しかし、図像の意味については、華原磬の4頭の龍を中国の神仙思想に由来する4頭立ての龍車とみなし、華原磬全体を兜率天などの浄土に往生するための乗物とみなしており、新たな視点に立つ示唆に富む見解といえよう。報告者にとっては、楽器である華原磬を車とみなす解釈にはまだ検討の余地があると思われるが、今後はこの論文の思想的背景の研究成果を踏まえた上で、仏教以外の中国思想との関連性についてさらに追究してゆきたい。
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備考 |
下野玲子「會津八一の戦前蒐集品に関する調査報告(8) -敦煌塑造浮彫仏像-」(『早稲田大学會津八一記念博物館』19号、pp.53-62)
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