薩摩塔の研究は、文献史学や考古学によって研究が深められてきた日中交流史に、新たな光をもたらすものとして、近年注目を集めている。ただし従来その研究は概ね、個々の作例の制作時期を絞り込む段階に止まっていた。今回個々の作例を結びつつ、信仰主体、さらには思想的背景の一端まで明らかにし得たことは、大陸の信仰と造形の受容や、日中交流史にかかる研究を、新たな段階に引き上げることに資するものである。また、その研究過程で糸口を掴んだ入宋僧周辺の造形のこと、とくに今回は重源の問題に関して、今津誓願寺と本尊を、寧波阿育王寺と結びつつ意義づけたことも大きな成果であり、今後さらに研究を広げる必要があると考えている。
|