今年度は、これまで「蝦夷記のアイヌ語申渡文における仮名の用法」『日本語文字論の挑戦』344-359 2021、勉誠出版、「アイヌ語古文献における仮名の用法」『北海道大学文学研究科紀要』(154) 73-99、2018. などを通して研究を続けてきた江戸時代のアイヌ語辞書「蝦夷記」の研究のまとめとして、研究報告書『山形県酒田市立光丘文庫所蔵「蝦夷記」(蝦夷詞巻)」翻刻・索引』(286ページ)を作成した。「蝦夷記」は岩波書店『国書総目録』にも当初記載されていなかったことから明らかなように、一般にはほとんど知られておらず、他に類書も見つかっていない、江戸時代全般を通して、古い時代のアイヌ語の姿を知る上での数少ない貴重な資料である。しかし、分量が多いことと、内容が難解であるため、これまでほとんど研究が進んでいなかった。長い何月をかけて表記、内容の両面から研究を進めた結果、今回、満足の行く翻刻を作成し、まとめることができた。明らかになった成果としては、1. 語彙部分とテキスト(アイヌ語による申渡文)の二部構成となっているが、テキスト部分の変体仮名の用字法から考えて、少なくともテキスト部分は書写年代(1795年)よりも成立がかなり古く、少なくとも1700年代初頭まで遡る可能性が極めて高いことが明らかとなった。2.現代のアイヌ語資料にはほとんど現れない語彙の位相(状況によって、同一物を指す語彙が多数分化している現象、「飯」、「ご飯」、「ライス」のようなもの)が詳しく記録されており、少なくともフォーマルな場面で用いられる位相を呼ぶ呼称として「ジャラケ」というアイヌ語の呼称があり、日常使われる語彙とは大きな相違があったこと、そのほかにも「隠し言葉」という別の位相があり、今日ほとんど伝わっていない語彙が多数あったことが明らかにできた。また関連する語彙、文法に関わる論文も作成した。
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