最終年度においては、2017年末に鍵屋歴史館から入手した小田幾五郎編「講話」の朝鮮語音価に関する書き込みについて調査・考察をおこない「講話」を近世朝鮮語の音声・音韻研究の資料として学界に提供した。 2019年7月には、鍵屋歴史館本の書き込みの主な特徴、すなわち①欄外書き込みに関するもの、②濁音表記に関するもの、③濃音表記に関するもの、④三点表記に関するものについての発表をおこなった。欄外の書き込みには、朝鮮語の発音や語彙の意味などの書き込みが見られるが、特に「、」(アレア)と上向二重母音の音価について「古」と「今」の発音の変化について明らかになった。また、濁音表記の中に見られる母音間の「K」にあらわれる濁音表記により、この時期の日本語の濁音が鼻音性を失っていることが明らかになった。母音間における「K」の濁音表記は、他の資料の朝鮮語カナ書き資料には見られない。さらに、濃音表記に、当時朝鮮語の語頭複子音に用いられた文字に似た記号が用いられており、小田幾五郎が朝鮮語の音声を表記する上での工夫がうかがい知ることができて興味深い。三点表記は概ね他の朝鮮語カナ書き資料と同様の様子を見せているが、本資料にしかあらわれない表記が発見された。 同年8月には、母音の転写システムについて発表をおこなった。、母音の転写システムを分析した結果、二重母音の単母音化が「全一道人」や「朝鮮語訳」より広範囲に広がりつつあることが確認できた。 同年10月には子音の転写システムについて発表をおこなった。子音の転写システムを分析した結果、ガ行とダ行の鼻音性の喪失過程や朝鮮語鼻音「N」と「T」の異音である出わたり音の例が見られないこと、流音化や連音化などの発音変化を反映した表記が顕著に見られることが明らかになった。 これらの成果は論文にまとめ、学会に投稿した。
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