研究最終年度ではコロナウイルス拡大の影響により、当初予定していた史料調査がすべて中止に追い込まれたものの、収集済みであった史料分析に注力することでいくつかの成果を挙げることができた。その一つが以前から注目していた、第2次世界大戦後にアメリカをはじめとする海運大国で一気に広がった便宜置籍船の歴史的意味について新たな特徴を見出したことである。従来便宜置籍船はほぼ海運産業史の中でのみ論じられる状況にあった。そこで、海員組合を中心とする1次史料を読み解くことで、便宜置籍船の拡がりは洋上での覇権を築こうとするアメリカの国家戦略と密接な関係があり、他方でアメリカ人海員の減少を促す結果を招きつつも、その過程でアメリカ人海員の人種意識やアメリカ人意識を高める側面があったことを明らかにした。この知見については、9月に行われた日本アメリカ史学会の年次大会で報告した。さらに本年度のもう一つの成果は、20世紀の海を舞台とする様々な秩序の変化を捉えるためには、新たなアプローチを構築する必要性があることを実証的に示した点である。具体的には、産業史における先行研究と収集済みの1次史料の分析を掛け合わせることで、いかに20世紀に国家が海におけるプレゼンスを大きく伸長させたかを強調するとともに、そのことによってアメリカ人海員の日常が著しい変容を遂げたかを関連付けた。これについては、本年度末に刊行された『人文社会科学論叢』第10号査収の論文で詳述しており、そこでは20世紀前半までのアメリカ海事政策の顕著な変化―国家の関与について検証し、そこから新たなアプローチが求められていることを主張した。
|