平成31年度は、現代東南アジアにおける呪術的イレズミについて、特に〈イレズミのもつ宗教性〉に焦点を当てながら、タイのイレズミ師とその信奉者を対象に調査を実施して一次データを収集した。8月上旬にタイ・コンケン、チェンマイ、バンコクにて、バラモン系のイレズミ彫師の宗教実践をめぐって、また10月末にシンガポールにてタイ系のイレズミ師の海外での活動をめぐって、インタビューと参与観察によりデータ収集を行った。 得られたデータから、(1) リシと呼ばれるバラモン系の呪師には、本人がリシを標榜して活動する者と、本人は霊媒で古代のリシを憑依させる者の二種が存在すること、(2) 呪術的イレズミそのものは、リシとの直接の繋がりはないが、リシの知識が呪術と深く関連しているため、多くのリシが呪術も行うこと、(3) シンガポールなどの華人が多く住む東南アジアの都市部において、ショッピングモール内の護符ショップなどで呪的イレズミが商品化されて展開されていること、(4) ショッピングモール内の護符ショップでは、タイの呪術師や僧侶をときどき呼び寄せて、宗教儀礼とともに呪術的イレズミも行っていることなどが明らかになった。東南アジアにおいて伝統的なイレズミとしてタイの呪術的イレズミ(サックヤン)は、タイのみならず多くの国で広く知られ人気を博しているが、その背景に華人を中心にしたネットワークが広がっていることがわかってきた。 また8月末にポーランド・ポズナンで開催された国際人類学民族学会議(IUAES)において、また12月初めに台北で開催されたSEASIA Biennial Conference 2019において、タイのバラモン系呪術師とその宗教実践の社会的布置に関する研究発表を行った。
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