本研究は、国際法的研究と国内法的研究の2つよりなる。国際法的研究では次の3つのことが明らかになった。第1に、人種主義を動機とする殺害などの行為があった場合には、その行為はより悪質とされ、その動機の解明が必要であるとされることである。第2に、行為の動機に人種主義がある場合には、人種主義的動機は刑の加重要因となり、また、量刑に影響を及ぼす要因となることが一般的に要請されるようになったことである。第3に、人種主義的な動機の立証責任について、一定の場合に、加害者側に立証責任を転換すべきとする裁判例や立法例がみられる。 国内法的研究においては、以上のような国際社会の動向も受けて、特に、私人間の差別の問題やヘイトスピーチに関する問題について、従来とは異なる動きがみられる。私人間の人種差別の禁止については、日本は、その規制に消極的であったが、変化は、まず裁判所でみられるようになった。1999年の静岡地裁浜松支部判決がそれであり、それ以降、差別の被害者による損害賠償請求を認める例が相次いでいる。立法の場面では、2000年代から私人間の差別を規制する法律の導入が図られ、また、一定の条例が制定されるなどの動きがみられる。 ヘイトスピーチの規制については、従来日本は消極的であったが、ここでも、変化は、まず裁判所でみられた。その最初のものは、いわゆる在特会をめぐる、2013年の京都地裁判決であり、それ以降、同種の裁判例がみられる。また、立法の場でも、立法上の対応がはじまっている。2016年には「ヘイトスピーチ対策法」が成立し、条例レベルでは、2016年の大阪市の条例や2018年の東京都の条例が採択された。その他の自治体でも、何らかの形でヘイトスピーチを規制する動きが続いている。 以上により、人種差別の禁止規範の国際的展開と日本への影響、それによる日本社会の変容を描くことができた。
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