2021年度には、ケインズの社会主義論についての検討を行ない、それを通じて彼の政治思想の特質とその歴史的意義を究明しようと試みた。 ケインズは、資本主義経済が危機に瀕しているという認識をますます強めていたにもかかわらず、資本主義に取って代わる新しい経済体制として、その時代においては多くの人々の期待を集めていたソ連型の国家社会主義に嫌悪の念をいだいていた。したがって危機に瀕したヨーロッパを救うため、資本主義経済の自己調整的な性格への信頼に基礎をおく自由放任主義と、生産手段の公的所有によって経済問題の解決をはかろうとする国家社会主義という二つの路線のあいだのどこかに、これからの社会が進むべき新しい道を見つけることが、彼にとっての課題となった。彼は、自由主義の根本的な刷新をはかることによって、この歴史的課題に応えようと考えた。そして、そのような自らの立場を「ニュー・リベラリズム」あるいは「自由社会主義」と呼んでいる。もはや彼にとって、自由放任とは自由主義思想における不可欠の要素ではなかった。 個人の自由と創意を守りつつ、完全雇用に近い状態を確保するための方策として、ケインズが多年にわたる知的苦闘を経たのちに考案したのが、長期計画にもとづいて総投資の水準を国家が管理する「投資の社会化」であった。こうして彼は、自由な社会を守るためにこそ、計画の拡張が必要なのだと説いた。 資本主義の危機の時代を生き、危機の克服に全精力を傾けたケインズの知見は、所得格差拡大や金融不安定性など、大きな困難に直面する現代の資本主義経済についての正しい診断を下し、その行方を展望するうえでも大きな手がかりを与えてくれるに違いない。
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