研究課題/領域番号 |
17K04173
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
大倉 三和 立命館大学, 国際関係学部, 非常勤講師 (30425011)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 途上国社会 / ガバナンス / 住民運動 / 社会運動 / 環境ガバナンス / 順応的アプローチ / 農村開発 / 社会開発 |
研究実績の概要 |
開発途上国の農村住民運動が、持続可能な社会発展に果たす役割と課題を明らかにすることを目的とする本研究は、先行研究の検討による理論的枠組みと現地調査にむけた分析視点の設定を初年度の課題とした。成果の公表には至らなかったものの、以下のような到達状況にある。 近年の国際開発の政策議論においては、途上国内の制度の変化や形成のあり方として、具体的課題に取り組む当事者間の経験と学習の反復による漸進を重視する順応的アプローチへの関心が高まっている。その背景に、実効性を伴いにくい途上国むけ法制度改革支援への批判と、社会の制度や秩序の本質は、当該社会の課題解決をめぐる成員間での試行錯誤や交渉の反復、それを通じた相互了解の形成にあるという、社会学的な制度理解の広がりを読み取ることができた。開発途上国における社会運動や集合行動の理解・理論化の必要性が明確になった。 一方、運動の先行研究からは、主に次の示唆を得た。1、社会運動の成果・帰結については、外部政治環境における変化との関連において検討する必要がある。2、途上国の社会運動研究では、内部の多様性に留意した方法論的な自省が必要である。2は、多くの場合に運動を主導する中間層の場合とは対照的に、周辺化されてきた層の運動や未組織の集合行動が、政府との関係の希薄なインフォーマル領域にとどまる傾向が高く、それらの運動が志向するものは、欧米の経験に由来する既存の理論や概念では捉えきれないことへの留意である。 A.センの開発理論も、自由の拡大としての開発・発展の中心的要素として、政府と公衆の公共行動、そこにおける集合的エイジェンシーを強調するなかで、そこにある階層的分断と問題の所在に関する適切な理解の必要性を指摘する。運動の実態のどのような理解・記述が「適切」で、それを踏まえた運動の積極的役割の導出がいかに可能であるのか。この点の明確化が当面の課題である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
第一の理由は、検討する先行研究・理論の領域を広げたことにある。それは、課題とする途上国の社会運動と開発・発展の関係を検討するには、一義的な枠組みとしての社会運動の帰結に関する研究や順応的アプローチの政策議論だけでなく、後者の前提をもなす制度と知(科学・認識・学習)、集合行為との関係に関する理論にも、検討を深めることが避けられないとの認識をもったためである。その分、途上国社会運動に関する研究が減り、成果としてまとめるには、理論・実証いずれの検討も不足することとなった。 新たに検討を始めた制度の研究では、経済学の貢献に比して社会学からの貢献は見出しにくい。社会学の制度認識に関する理解を明確にするうえでは、社会学がいかなる学問であるかの再検討をも要し、手間取った。これが遅れの第二の理由である。 第三の理由は、先行研究を進めることで直面し、上記「研究実績の概要」に記した課題に関係する。すなわち、運動内部の多様性と、その「適切な」記述をめぐる課題であるが、これは代表者がこれまでの現地調査で仮説的に得た知見と概ね合致し、論文作成のなかでの現地底辺層の運動参加とその帰結に関する記述と、次なる調査での視点やアプローチの検討において直面している困難を説明するものである。 順応的ガバナンスの事例についての論文作成を進めながら、直近の現地調査の時点で混乱含みとなり難航していた調査地域の住民運動とガバナンスの状況をどう分析・記述すれば、その公表と現地への還元が当地での階層間摩擦の助長や運動の阻害要因とならず、協働やガバナンス改善に資するのか。記述は慎重になり、先行研究の検討に立ち戻って分析視点をさぐり直す作業の繰り返しとなった。 文献による理論枠組みの検討・設定は秋セメスターの終了時点でいったん区切ることとし、春期休暇の後半に論文作成を再開したものの、年度内の完成・公表には間に合わなかった。
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今後の研究の推進方策 |
当面は何よりも先ず、バングラデシュでの調査成果を順応的アプローチの実例としてまとめ、その中で2年目に実施する再調査での視点を明確化する作業を急ぐ。現地向け英訳用の一次分析・報告にも位置づける本論文では、運動内部の差異や格差についての分析は暫定的であるため、限定的かつ再起的な記述にとどめることとし、これまでに検討した理論に関連付けながら、住民運動と政府との相互交渉をつうじた制度・ガバナンスの改善という、順応的資源管理の全般的な成果と課題を明らかにする。 大学の授業では、南アジア研究にくわえ、数年来のブランクのあったアフリカ研究も同時に担当することになったため、今年度の春セメスター中に遅れを挽回するほどの研究面の進捗は望みにくいが、夏季休暇中には上記論文を完成させ、次回現地調査の課題を確定する。 秋セメスター中にこの原稿の国内学会および学会誌での公表と英訳を行い、春期休暇中の再調査にむけては、現地関係者に英訳論文の送付とあわせて調査協力を依頼する。2月下旬から3月中旬にかけて、バングラデシュで前回の調査対象地を再訪し、不足領域と運動・交渉の進捗に関する追跡調査を実施する。 仮にこの調査が何らかの事由により実施困難である場合には、3年目の夏季休暇に繰り延べて実施する。ただし、この設定には災害などのリスクも伴うため、現実的には、2年目の3月に期間をやや縮めて実施し、3年目の8月は若干の補足調査にとどめる方向で準備を進める。 従って3年目は、春セメスター中に事例研究の大筋をまとめておき、秋の学会には、事例研究にもとづく理論の再検討を試論として報告する。最終的な研究成果をまとめるなかでは、バングラデシュの調査以前に実施してきたアフリカ農村での研究成果との比較にむけ、仮説的であっても、分析視点と、社会開発のための理論的基礎としての開発社会学について、素描を提示したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
最も順調に計画が進んだ場合には、初年度内にバングラデシュでの現地調査を実施する予定であったが、調査実施が可能な段階には至らなかったため、旅費として申請していた分に相当する金額が、次年度使用額として残った。また、電子書籍リーダーの購入や、和文原稿の英語翻訳などへの支出も見込んでいたが、もっぱら資料の追加購入とその内容の検討が1年目の支出・活動の中心となり、その他の支出を具体的に検討するに至らなかったことも、次年度使用額を生じた理由である。 残った次年度使用額は、「今後の推進方策」に記したとおり、原稿翻訳代をはじめ、2年度中に実施する現地調査用の旅費、ならびに滞在中に予想される支出の増加分(人件費、車両代・燃料費、通信費など)に充てる予定である。可能であれば、電子書籍リーダーや書棚も購入し、自宅での研究環境の改善や移動時間の有効活用に活かしたい。
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