本研究では,FNRとNADP+/H及びferredoxin(Fd)との複合体形成に伴う構造ダイナミクスの変化により,可逆であるFNRの触媒反応を一方向に進行させる方向制御を実現する機構の詳細を,変異体を用いた速度論的解析及び酵素基質複合体の構造情報に基づき解明することを目指した. 紅色非硫黄細菌FNRのNADPH酸化反応では,枯草菌及び緑色硫黄細菌FNRと同様にヒドリド転移が律速でその速度は約500 s-1と速かった.一方,還元型紅色非硫黄細菌FNRによるNADP+還元反応は,枯草菌FNR同様にヒドリド転移が律速で,NADPH酸化反応時の速度と同等で可逆であり,複合体形成が律速で速度が大幅に低下する緑色硫黄細菌FNRと対照的な結果が得られた.前2者と後者では還元型FADのS0→S1遷移に伴う吸収強度が大きく異なり,還元型FADとアミノ酸残基との相互作用が速度に影響すると推察された.そこでFADのイソアロキサジン環re面に近接するC末端部に変異導入し影響を調べた.C末端部の削除・相互置換は,CT複合体を極度に不安定化し,ヒドリド転移速度の低下とFNRの相対的酸化還元電位の上昇をもたらした.Re面の芳香族残基の置換は,ヒドリド転移速度や酸化還元特性に大きな影響を及ぼさなかったが,NADP+/Hの解離・再結合速度の低下を生じたことから,同残基がCT複合体を適度に不安定化し,NADP+/Hの解離を促進していると結論された.同残基の置換はS0→S1遷移の吸収極大波長をシフトさせたが,強度の変化は小さかった.本研究で,紅色非硫黄細菌FNRの結晶構造を新たに報告できたが,酵素基質複合体の結晶構造解析は実現しなかった.高磁場NMR測定用の部分同位体ラベル試料の作成は,約300アミノ酸残基のN末端断片をFADを含むホロ体として精製を完了し,C末端部断片の発現・精製条件を検討している.
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