研究実績の概要 |
本研究の目的は、1890年から1954年に至るパリ国立音楽院ピアノ科の期末試験で演奏された曲目データベース構築とその分析を通して、各国の作曲家の位置づけの変遷を、定期試験におけるレパートリーを通して明らかにすること、とくにフランス人作曲家のレパートリーの位置づけを詳細なデータ分析から浮き彫りにすることにあり、3年を費やして実施した。令和元年度の研究は、パリ国立音楽院ピアノ科で行われた定期試験/次席コンクール曲目一覧化作業のうち、1937年から1954年までの期間について、データ入力と分析を行った。 3年に亘る調査を通して作成されたデータベースには、作曲者が同定された曲目だけで、13,817件にのぼる演奏曲目データが含まれる。全体的傾向として、独=墺/ポーランド(ショパン)のレパートリーが大半を占め、フランスはそれらに次いで三番目の地位を占める。 フランスのレパートリーは殆どが19世紀以降生まれの作曲家の作品である。サン=サーンス作品の圧倒的な多さは、彼の作品が19世紀末から20世紀中葉にかけて規範となったことを示している。さらに特徴的なのは、大半のフランス人作曲家が、存命中にその作品が演奏されている事実である。つまり、定期試験においては比較的新しいレパートリーが重視されていた。 これに対して独=墺については、生前に作品が演奏された作曲家はいない(J. S. バッハ、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ヴェーバーらが大部分を占める)。フランスの過去の作品(ラモー、クープラン等)は国民意識が高揚した両大戦期にあっても、パリ国立音楽院のレパートリーにおいては古典としての地位を得ることはなかった。その代わり、フランスは同時代の自国作曲家の作品によって存在意義を打ち出していることが判る。ここに、今日一般に広まっている「ドイツ=古典」、「フランス=近代」というステレオタイプなイメージの形成を見ることができる。
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