まず昨年度より継続してきた、日本で1960年代末以降に活性化した自主上映の文化を把握する上で、きわめて重要な役割を果たしたドキュメンタリー映画の製作集団である小川プロダクションが、1970年代半ばに各地域で展開した上映運動についての調査成果の公表につとめた。また、当時小川プロの活動とも連携しながら、全国で新たな上映グループが組織され、相互に結びついた活動を展開したのかについても調査を行なった。具体的には、小川プロが製作した『どっこい!人間節ー寿・自由労働者の街』(1975年)の上映運動の実態について、〈川崎市市民ミュージアム〉が所蔵している「小川プロダクションノンフィルム」資料と映画スタッフへのインタビューに基づいた調査成果を、第41回日本映像学会大会(於山形大学)で発表した。現時点では、発表内容を論文にまとめ、学会誌に投稿中の段階である。加えて最終年度は、〈成田空港 空と大地の歴史館〉にて所蔵されている小川プロの関連資料を閲覧する機会も得られた。その大きな成果の一つとして、『三里塚・辺田部落』(1973年)などの全国の上映会場の資料にあたり、現地の上映グループなどの協力も得て祝祭的なイベントのように映画が観られた様子を具体的に確認できた点があげられる。商業映画館とは異なる、自主上映の場合の映画受容におけるオフ・スクリーンの空間(画面の外の空間)の役割を検討していく必要性を再認識させられた。 今後の研究の展開として、これまでの70年代に全国で展開された自主上映の活動を調査した研究成果を踏まえ、その映画文化が1980年代以降、日本の消費社会化と結びつきながら、どのように引き継がれたかを検証したい。当該期に各地域の自主上映グループも、商業映画館であるミニシアターの活動に転じていったのだが、その変容の過程と日本の文化政策における映画鑑賞の位置づけの変化を探る必要があると考えている。
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