最終年度においては、これまでの調査結果をふまえた研究内容を日本南アジア学会およびIUAESにて発表した。これらの発表では、パンジャーブ移民がどのような文脈で文化的境界やナショナル・アイデンティティを意識することになるのか、またそのような経験は移住先カナダにおける移民政策や移民をめぐる環境とどのように関連しているのかに着目した。インドおよびパキスタン出身のパンジャーブ移民にとって、出身国に基づくナショナル・アイデンティティと文化的アイデンティティは、インド出身者とパキスタン出身者の共通性を想起させるとともに、相容れない立場であることを認識させている。文化的共通性は移民としてカナダで生活するなかで、ホスト社会や他の移民と対峙する際に意識される。一方、お互いに相容れない立場であるという認識は、インドとパキスタンの2国間関係や、出身国および南アジア地域とカナダの国際関係を語る際につきまとう。また、カナダ社会が南アジア移民というカテゴリーを用いる場面があることも、文化的共通性を意識させる背景となっている可能性もある。出身国においてはナショナル・アイデンティティを越えた文化的共通性を意識する機会はほぼなく、移住先において自文化の越境性に気づく経験をしている。しかしながら、出身国に基づいたナショナル・アイデンティティや、ホスト社会における「異質な」移民としての立場、国際関係上の対立などが、文化的越境性による紐帯よりもナショナル・アイデンティティによる差異をより意識させている状況にあることが分かった。
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